星の夜

官兵衛が夜中に目を覚ますようになったのは、ここ数日のことであった。
特に悪い夢を見たというわけではないのだが必ず一度、それも決まって丑の刻に目が覚めるのである。
妙だなと思いつつも再び床につくのだが、このときにいつも気がつくのだった。
隣で寝ているはずの半兵衛の姿がないことに。

「また……か」

思えば官兵衛がこのようになった日から毎晩、半兵衛は部屋を抜け出してはどこかへ行っているようであった。
それがどこなのかはいまだにわからないが、とりあえず官兵衛は屋敷の中を探すことにした。

部屋の外に出ると辺りはすでに寝静まり、灯をともして起きている者など誰一人としていない。
当然、真夜中であるから周囲は真っ暗であり、小さな灯で照らしている足元の他はなにも見えない。
その上、歩を進めるたびに廊下の床板がきしきしと音を立てるので、いくら平常心を保っていてもやはり怖いものである。

とにもかくにも、一刻も早く半兵衛を探し出して部屋へ戻ろう。官兵衛は少し急いで屋敷の中をひととおりまわったが、恋人の姿はどこにも見当たらなかった。
この時間に人の部屋へ行ってるということは考えられない。そうなれば、行き先は一つしかない。外である。
真夜中に外へ出なければならないのかと思うと、恐怖心はさらに高まるばかりであった。
だが、春先でまだ夜風が冷たいことや半兵衛の虚弱体質を考えれば、もはやそのようなことを怖がっている場合ではない。意を決した官兵衛はいったん、自室に戻って普段着に着替えてから屋敷を出た。

外の風は思っていたよりも、ひんやりとしていた。
こんな風に当たっていては体に悪いということを、本人が一番よくわかっているはずである。
それなのになぜ毎晩たった一人で出掛けているのかと考えながら、官兵衛は町からいくらか離れた丘を目指した。そこは二人で出掛けた時に毎回訪れる半兵衛のお気に入りの場所であった。
丘の上を見上げると人影が一つ見えた。
そして登っていくと案の定、そこに彼の姿があった。

「半兵衛!」
「わあ。やっぱり探しにきてくれたんだ」
「そりゃあ、この寒い夜に屋敷からいなくなったら探さないわけがないだろ」
「あいかわらず心配性だね。私のことに関しては」
「ところで、ここでなにをしているんだ」
「星を見ているんだよ。この場所は、屋敷よりもたくさん見えるからね」

ほら、と言って半兵衛は夜空を指差した。
彼が指をさした方を見ると、たしかに満天の星が光り輝いている。

「綺麗でしょ。私、ここから見える星が大好きなんだ」
「半兵衛は本当に綺麗なものが好きなんだな」
「うん……あと、甘いものと官兵衛と松寿君も、ね」
「君らしい答えだね」

半兵衛はこくりとうなずいた。

「ほんとは前々から官兵衛にも教えたかったんだけど、こんな夜中に起こすのもかわいそうだと思ってね。ずっと黙ってたんだ。でも今日は、やっと二人で星を見れたから私は満足だよ。だから、もう二度と夜中に外出したりしない。これで……許してくれるかな」
「いいよ。そう誓ってくれるなら」

官兵衛が穏やかな口調で言うと半兵衛は口元にわずかに笑みを浮かべ、その腕の中に倒れ込んだ。
驚いた官兵衛が名を呼びながら体をゆすると、彼はうっすらと目を開けた。
どうやら意識はあるらしいが、その体はひどく冷えていた。

「ごめん。官兵衛がきてくれたから、安心して眠くなっちゃった」
「じゃあ、そろそろ戻らないといけないな」

眠気を必死でこらえている恋人を背負い、官兵衛は丘を下りた。
町に戻る途中で立ち止まり、ふと丘の方へ振り返ると先ほどまで見えていた星はすべて消え、気がつけば空には美しい朝日が昇り始めていた。
それを半兵衛にも見せたいと思って声をかけてはみたが、彼は睡魔に負けて官兵衛に背負われたまま、すやすやと眠っていた。さすがにこれでは起こすわけにもいかないな。官兵衛はそんな恋人の様子をちらりと見て、家路をゆっくりとたどることにした。

2010.5.1 了
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