献花

関ヶ原の戦いで活躍した長政は、小早川家の旧領であった筑前国に五十二万石の知行を得た。
福崎といったこの地を、長政はかつて黒田氏が住んでいた備前国福岡にちなんで福岡と改め城を築いた。

「おれはこの地に前にもきた覚えがあるぞ」
「ひょっとして、文禄・慶長の役のことですかな」

懐かしい懐かしい、と太兵衛は言う。
さかのぼること数年前、まだ存命していた太閤の命によって、この地から多くの大名や武士が海のむこうへと渡り激戦を繰り広げた。長政も例外ではなく父とともに渡航した。そのときにあろうことか父子そろってひどい失敗をしてしまい、秀吉の逆鱗に触れた。

「あのときだったな。太兵衛」
「ええ」

当時、長政には弟がいた。名を熊之助という。律儀で家族思いの少年であった。このいくさで太閤から怒りをかって傷ついた父と兄の名誉挽回のために、太兵衛の長男ら三人と合意した上で玄界灘を渡っている最中に暴風雨で難破し、波にのまれて溺死したと聞く。三人ともわずか十六歳であった。

「あのいくさで、俺が失敗などしなければ熊は……熊は……」

床を拳で激しく叩いて長政は嘆く。
自分のせいで、弟や家臣の子を死なせてしまったと思っているらしい。

「殿のせいではありませぬ。これも宿命でございましょう」

太兵衛もあの日を忘れてはいなかった。
けれど、過ぎてしまったことをいつまでも引きずっていては息子も悲しむと思い、考えないようにしていた。
しかし、長政は違った。
このあたりは父の血を引いているのか亡くした者のことを、ずるずると三年経った今も引きずっている。
長政にとって、熊之助は実弟でありよき理解者でもあった。

「大殿と似ていらっしゃいますな」
「父上と?」
「大殿も、竹中どのを亡くしたときは同じようなことをおっしゃっていました。その大殿がなにゆえ、竹中どのの死をお忘れになったかお分かりですか」
「わからぬ」
「成仏できないから……です」

つまり長政が熊之助のことを忘れずにいては、どちらのためにもならないと太兵衛は言いたいのである。

「では、どうしたらよいのだ」
「こうしましょう」

太兵衛は長政の近習を呼びつけ、あるものを持ってくるよう頼んだ。まもなく近習たちが持ってきたのは、三つの花束であった。

「殿、これを海に流しましょう」

三つの花束を抱え太兵衛はにこりと微笑んだ。その頬を一筋の涙が伝う。やがて、二人は城を出て海浜へ辿り着いた。あの日に熊之助の命を奪った海は、静かに波音をたてている。

「これを機に、熊之助さまの死はお忘れになるのですぞ」
「ああ」

二人は同時に献花を海へ流し、遠い空に黙祷を捧げた。
先立ってしまった若き者たちの冥福を祈り、流された献花が波に乗って見えなくなるまで。

2009.9.17 了
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