秋霖

先ほどまで晴れていた空から、突然ぽつぽつと雨が降りだした。その雨は庭先にいた半兵衛の髪や服を、少しばかり濡らした。

「おや?にわか雨だな。半兵衛、それ以上ぬれるといけないから中へ入った方がいいよ」

官兵衛にうながされた半兵衛が部屋に入り、彼のもとへ駆け寄った直後に大量の激しい雨が降り注ぎ、床下は浸水した。

「危なかったね」
「なんでわかったの?」
「雲行きが朝からどうも怪しかったんだ。
これは一雨来ると思って」
「さすが!それにしても、最近は雨ばかりだね」
「秋だからな」
「ああ、そういえばそうだ」

半兵衛の表情がなんとなく愁いをおびていた。やまぬ雨を見つめ、ぽつりと彼は言う。

「秋は、寂しいね」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって冷たい雨が長く降るし、徐々に寒くなるでしょ」

その考えにも一理あった。
秋雨は確かに、冷たくて物悲しい感じがする。
半兵衛が寂しいと言うにも無理はないのであろう。
だが官兵衛は、秋が好きだった。
秋には桔梗が花開く。彼はその花を好んでいるのである。しかし、半兵衛には花を愛でるという趣味がないため、雨の続く秋は退屈でしかなかった。

「せっかく涼しくなったのに、長雨じゃ二人でお出掛けもできないしなあ」
「出掛けられなくても二人でゆっくり過ごせる方法はあるよ」
「……どういうこと?」
「膝枕をしてほしい」
「かまわないよ」

慣れているとはいえ、さすがに膝に頭を乗せられると重みがある。あまつさえ、だんだんと足もしびれてきた。それでも半兵衛は我慢し続けている。愛しい人の幸せが、自分の幸せと思ったから。

「痛かったら横座りにしてもいいんだよ」
「ううん、平気。官兵衛が気持ちいいなら全然つらくないよ」

痛みに堪えながら自分に尽くしてくれている半兵衛の頬に官兵衛は、そっと手を伸ばして触れた。

「半兵衛、愛してる。この長雨が去ったら裏山へ出掛けないか。その頃には、山も綺麗に染まっているだろうし」
「紅葉狩りだね」
「うん。そのときにでも、またゆっくり話そう。だから今はこれで許してくれ」

そう言って彼は挙げた手を下ろして、うとうとし始め、やがて眠りについた。
半兵衛は気持ちよさそうに眠る官兵衛に話しかけるように、

「許すもなにも」

今のままで私は幸せです、とだけ言った。
そしていつしか、こんな時間が過ごせるならば秋の冷たい長雨も悪くない。
そう思えるようになった。

2009.8.27 了
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