恋に酔う

今までに感じたことのない腰の痛みに、半兵衛は目を覚ました。それと同時に首にも痛みを覚え、鏡台へ向かおうとした。
だが、寝床から立ち上がることはおろか、はって出ることすらできなかった。
もはや一人ではなにもできず助けを呼ぶため、半兵衛は苦しまぎれに声を上げた。
すると数日前から半兵衛のもとを訪れていた重利が、その声を聞いて駆けつけてきた。

「いかがなさいましたか」
「ああ、重利どの。実はひどい腰痛に悩まされ、起き上がれないのです。
すみませんが、誰か助けを呼んできて頂きたい」
「承知しました。では、黒田どのをお呼びいたしましょう。拙者がお連れしますので、しばしお待ちを」

重利は席を立つと官兵衛を呼びに行った。
このような醜態は極力、誰にも見せたくはないが重利の口から官兵衛の名が出たことは嬉しかった。
彼なら自分を助けてくれると思ったからである。
重利に連れられた官兵衛が駆けつけ、かたわらに座った。二人きりの方が話しやすいと思った重利は、半兵衛に一礼すると無言で部屋を出ていく。
重利が去ると、官兵衛は半兵衛の体に負担がかからないように抱き起こした。

「痛みの方はどうだ」
「さっきよりは楽になれたよ」
「……ごめんな、某のせいで」
「えっ」
「覚えてないのか。きのうのこと」

あまり記憶になかったが官兵衛いわく昨夜、二人は初めて肌を合わせたのだという。
今朝から悩まされている痛みの原因はおそらく、その名残と思われる。半兵衛を傷つけてしまったとしきりに謝る官兵衛を見ながら、彼は意外にも明るい口振りで話を始めた。

「私は大丈夫だから、そんなに謝らないで。それより官兵衛はつらくなかった?」
「某も大丈夫だ。もうこのようなことはしないから安心して」

半兵衛を寝かせて額に軽く唇を落とし、痛みの残る腰をさすった。一方の半兵衛は官兵衛の思いやりが身に染みた反面、不安にもなった。私は本当に、この人を満足させられたのだろうか。
沸々とわいてくる感情にいても立ってもいられなくなる。ついには自分の方から官兵衛を誘う。

「ねぇ、官兵衛。もう一度、私を抱いてくれないかな」
「無茶を言うな。半兵衛は今、こんな体なんだぞ。そんなこと……できるわけないじゃないか」
「わかってるよ。でも、不安なんだ。私が昨夜、官兵衛を満足させられたかどうかが。後生……だから」

泣き出しそうな声で言われしまい、さすがの官兵衛も返す言葉がなくなった。
主君から日ごろ、注意されていることの意味がようやく分かった。
けれど、今となってはもう手遅れであった。
己はこの無邪気で健気な恋人に酔っている、と官兵衛は改めて実感したのである。

2009.8.26 了
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