ワンピ短編 | ナノ
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▼ 今も笑ってくれるだろうか

お茶会はあまり好きではない。

ママが定期的に開催するお茶会は、つまりは外交だ。幼い頃から次男としてこの外交の真似事に参加するのにはもう慣れている。問題はこれがそれでもやはりお茶会な事だ。目の前に美味しそうなお菓子が沢山あるのに食べれない、しかもおれだけが。

粗方の挨拶が終わり、我慢の出来なくなったおれはお茶会の会場の端の端、パフェの影に隠れる。片手にはお菓子を山盛りにした皿。余り長く姿を見せないと不審がられてしまうから、早く食べなければならない。この匂いは美味しいに決まっている、後で残りを部屋に届けさせなければ。

座り込んで口布を取り払い、寛いだ姿勢を取ったその時だった。

「あ〜〜ん」
「おっきなお口!」

殺す。殺さなければ。
反射的な殺意が巻き起こった。しまった。美味しそうなお菓子に気を取られて気づかなかった。突然現れた子どもにとっさに口を隠す。見られた、気づかなかった。殺そう。今すぐに。

半ば無意識にその細い首に手を伸ばす。しかしそれは折れることはなかった。

「かわいい!あ、お兄さんは男の子だからかっこいい…?うーんやっぱりかわいい!!」

キラキラと邪気のない瞳が真っ直ぐにカタクリに、カタクリの口に向けられて、動きが止めってしまったからだ。

可愛い?何を言っているんだこの子どもは。

生まれた時から隣にいる弟2人も、他の兄弟にもこんな不気味な口をした奴はいない。どうしてこの子どもは怖がらないどころか可愛いなどと表現したのだろうか。

子どもの姿をよく見てみると見覚えがあった。今日会った招待客にいたし父親とは挨拶もした。父親の背が2mに届かないにしても、ほとんど同じ背丈の少女はそれなりに印象に残る。そもそもこの『お茶会』に子どもが参加する事自体かなり珍しい。

カタクリはどうしていいか分からなくなった。勝手に殺してはママの怒りを買うところだった。しかし自分のこの姿を見たものを放置するなんて恐ろしくて堪らない。

「なんでかくしちゃうの?見せてください!」
「怖くないのか?」
「こわい?なんで?」

こてん、と少女は首を傾げる。カタクリは意を決して、しかし恐る恐る隠していた口元を晒した。耳元まで避けた口から生える長く鋭い歯を見ても尚そのような事が言えるのだろうか。

「こわくないよ!すっごいかわいい!おっきなおくちだとたくさんおいしいもの食べれるね〜いいな〜」

どうやら目の前の少女は本気で言っているらしい。それを受け入れた瞬間表現し難い感情が込み上げてくる。

「あたしね、お父ちゃんはつまんない話ばっかりだし、話しかけてくる大人もつまらないお話しかしないからかくれてるの。お兄さんもいっしょですか?」
「…そんなところだ」

聞いてもないのにぺらぺらと喋り出す姿はやはり子ども。

きゅるるるる

ついでに自分の腹の空き具合も管理出来ないらしい。恥ずかしがって顔を真っ赤にしている。

「食うか?」
「いいの!?」
「ああ…その代わりさっき見た事は誰にも言うな」
「さっき?」
「…おれの…口のこと、と…間抜けな顔して、お菓子を食べようとしたところだ」

子どもに対する口約束なんて気休めにもなりはしないのは分かっている。それでも即座にペラペラと喋られては敵わないので物で釣るが、その為に自分の行動を言葉にする事でさえ忌まわしい。

「ギザギザのお口かわいいのにぃーー…あーーーんってするのかわいかったのにぃーーー」
「………」

まただ、どうして目の前のこいつはかわいいなどと言えるのか。不思議と言うより最早奇怪だ。

「うーん…じゃあ一つだけおねがいがあります!」
「…なんだ」
「いっしょにおかし食べよう?」
「………食べたら誰にも言わないと約束出来るか?」
「するよ!あたしやくそくできます!」

小指を差し出してきたので、そのまま指切りをしてやる。但し約束を破れば針千本を飲むのでは済まない、ママを説き伏せておれの秘密を知ったであろう者共を鏖殺しにしてくれる。

誰かと一緒にお菓子を食べるなんて何年ぶりだろう。美味しいお菓子にどうしても頬が緩んでしまうし、それをニコニコと見つめる視線がむず痒い。幸運と言うべきか不幸と言うべきか、持ってきたお菓子を2人でゆっくりと食べ終えても誰かが自分達を探す声は聞こえて来なかった。



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