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▼ 王子は迎えに行けない

 カリカリとペンが紙のざらつきを掻く。その微かな音だけが広々とした部屋に広がり、しかし反響するまでもなく静まっていく。いっそこの部屋には誰も居ないと言われた方が納得するような静けさの中、デスクの前には両脇に紙束を積み上げた一人の男が座っていた。

 常人より高い背に、相応以上につけられた筋肉、顔に大きく走る傷、手のひらについた剣の握り胼胝は、彼がただの文官では無い事を示している。

 いくらかの扉を挟めば、人の往来による賑やかさ、BGMとしての歌声、騒ぎ声、足音、手拍子、食器の鳴る音と煩い程に殷賑であるのに対し、この部屋は異様な程に静まり返っている。部屋の主がそういう質なら兎も角、この男も本来は賑わいを好む。陽気な歌の中で雑談をしながら、あまり好きではない事務仕事をするのが普段のスタイルだ。それが何故こうなっているかと言えば、彼自身が部下を部屋から閉め出し、部屋付きのホーミーズ達にも「黙っていろ」と不機嫌を隠しもしなかったからに他ならない。

 彼はただの文官では無く、この国の王子であり、ビスケット島を治める大臣。加えて海賊団の中でも優れた剣士だ。その命令を聞けない部下などこの国には存在しない。


「機嫌が良さそうだなぁ?」

 部下には、存在しない。

 重苦しい静寂を蹴り飛ばしクラッカーの部屋に入ってきたのは、彼の3つ子の妹、カスタードだった。無言でかける重圧など全く感じてはいないのだろう、極めて軽々しく彼のデスクの端に乗り、その整った唇の端を上げる。クラッカーは眉間の皺を更に深くして妹を睨む。兄のそれをカスタードは尚笑い飛ばした。

「…カスタード」
「嫌だ。手伝わん」

 剣術でなら久しく受けて居ないレベルの一刀両断を受けて、クラッカーが歯ぎしりをする。その様子を見て真顔に戻ったカスタードはため息をついて正論を返した。

「ペロス兄さんに睨まれていただろう?下手に私が手を出していいとも思えん」

 カスタードの内心としては、何故自分からお菓子作り以外の仕事を自分がやらなければならないのか、というのもあるが黙っておく。それに我らが長兄は、期待している弟が不意に行方不明になった末ひと月近く留守、その上婚約者候補を連れて来させたいなどと厄介事を並べ立てられて苛立っているのだ。目の前の片割れより上の兄の方が余程怖い。それをクラッカーも分かっているのだろう。食い下がりはせずに、また終わりの見えない紙の山に取り掛かる。

「…そんなにいい女だったのか?」
「やらんぞ」
「貰いようが無いだろ」

 満を持して本題に入ると、まさかの独占欲丸出しでカスタードは面を食らった。数量限定スイーツでもあるまいし、私に人の収集癖は無い。自分の夫を愛しているとも言い難いが、不可の無い男なので乗り換えて見知らぬ女を侍らそうとも思わない。ただどうしても、シャーロット家に生まれた者として政略結婚以外を許されないという事情から、せめて他人の恋愛話は聞きたくてたまらないのだ。

「島の統治を丸投げしてでも迎えに行きたかった女とは、どんな女なのだ?」
「…どうせ噂をある程度聞いて来ているのだろう?」
「デコレーションが激しすぎて中身が見えて無いかもしれんだろう?」

 ちなみにこの書類の山、半分はクラッカー自身が目を通す必要があるものだが、もう半分は部下に回せるものであったり、長男ペロスペローが回してきた分が混じっている。真面目にやってやっと待ち焦がれた船が到着する日に終わる分量なあたり、大人しく到着を待てという圧がかかっている。その為ペンを止めている暇は無い。

「エンズレイの次女でハーブ栽培に長けた女だ。茶全般に造詣が深い」
「それは知っている」

 ママに伝えたのと同じ内容を伝えても納得しそうに無いのをクラッカーは感じた。口が達者なこの片割れに1から10まで、根掘り葉掘り聞かれてはとてもじゃないが、書類の山がいつまで経っても切り崩せない。ついでにこちらが何か口走った暁には、今度はこいつ自身が言いふらすのも目に見えていた。

「邪魔をしに来たのなら帰れ!」
「ち、ケチ臭い」

 ペンで一閃。先程までカスタードの横髪があった場所を狙って腕が振り抜かれた。クラッカーもこんなことで女兄弟を傷つける気も無ければ、この程度ならカスタードも余裕で避けるだろうという事を見越しての動きだ。ただし、もしも当たって居れば髪がいくらか切れる程度の威力はある。しかしまぁそんなことはなく、カスタードはひらりと躱し、そのまま部屋を出ていった。


 クラッカーは立ち上がってジェスチャーだけで追い払いつつ、また自分が乗れなかった船について思考を巡らす。…同行は出来ないなりに、手は尽くした筈だ。ビッグ・マム海賊団の常識、というか海賊の常識には疎いからあまり構いすぎるなと言いつけてある。護衛には、直属の部下では無いが、小回りが聞いて気遣いが出来る者を頼み込んで借りてきた。おやつは少なめでかつ、甘みを抑えたものを。何も問題は無い、筈だ。だからおれはこの書類の山を倒せばいいだけ、と自分に言い聞かせる。何も問題は無いはずなのだ。



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