▼ 手配書
早々にソファに腰掛け、ショートしそうな頭をアイスティーで冷ます。あまり口を開きすぎるべきではないと分かっていても、これだけは確認したかった。
「そう言えば…彼の写真か何かを見せて貰えなないでしょうか?」
「クラッカー様のお写真れすか?」
「はい、お話をいただいた際は顔写真などはいただけなかったので」
「それは失礼致しました。少々お待ちくださいませ。探してまいります」
人は外見が全てではないけれど、外見から得られる情報は多い。例えば細身なら後方の事務要員、筋骨隆々なら前線の戦闘要員。眼光が鋭ければ意思が強く、柔らかければ文字通り柔軟。絶対ではないが傾向は掴める。それともうひとつ。
クラッカー、あの人と同じ名前だ。確かあの人も結構偉い身分だったようだし……まさか彼がこのビッグ・マムの10男で、私に結婚を申し込んだという男だったらいいのに、という淡い期待を抱いてしまう。そうすれば何も心配はない大団円に収まるのに。
「申し訳ございません。船には置いて居ないようで…手配書ぐらいしか」
期待なんてするんじゃなかった。
DEAD OR ALIVE CHARLOTTE・CRACKER…千手のクラッカー。写真に映っていたのは厳しい男。瞳は半円型。鼻先が垂れ、しかし鼻筋は真っ直ぐと通っている。口の幅の大きい。顎の大きな輪郭。その大きな輪郭を更に強調するように頬から顎にかけて伸ばされた髭。
凡そ似ても似つかない顔に心がすうっと冷めていくのを感じた。この世界に同名の人間なんて何人でもいるだろうに。ただ今はそれが顔に出ていないといいなと思う。
キャンディは手配書なんて人相が悪く写されているものを見せることになってしまったのを悔いているのか、今連絡を取って取り寄せていますのれ…!とフォローをしている。
「ありがとうございます。この人が…ちなみに背丈は?私は見ての通りの大女ですから、大きい女が嫌いじゃないといいですけれど」
「大丈夫れすよ!シャーロット家の皆様は大柄な大人間が多いれすから、お嬢様もご兄弟方と並べば普通か、少し小さく見えると思います!クラッカー様もお嬢様より背が高いれすよ!」
「…そう、それは良かった」
小人の身の丈で手を広げて伸ばしてつま先立ちして、こんなに大きいと表現してくれるが、正直精々30cmぐらいのもので実際のところがどうかは全く分からない。聞いたところによると、ビッグマムの身長は9m近く、息子の中で大きい者だと5mもあるらしい。
今回のお見合いでの必要条件は相手に好かれる事。…これは何故だか知らないがあまり難しくは無さそうだ。タッセ自身に心当たりは無いが、どうやら先方…クラッカー様とやらはこちらに好意を抱いているらしい。
そして十分条件は人間として好かれ、異性として嫌われる事だ。クラッカーの迎えを待つ身として、クラッカー様の求婚は受け入れられない。円満に破談するにはこれしかない。…ないのだが、
「申し訳ないのですが、少し緊張していたようで…休んでも?」
前途多難である。出て言ってくれ、の意訳でソファの背もたれに身を預けた。無駄な期待を抱いてしまったせいで早くも心が折れそうだ。
全く手をつけないのも失礼かと思い、テーブルに盛られていたビスケットの1つを齧る。食べられないレベルではなかったけれど、甘すぎた。
本当に、あの人の作るビスケットとは大違い。
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