▼ 砂糖と鉄のにおい
それから間も置かず野太い怒鳴り声が響いた。街の中央の広場、身動きも取れずに震えている島民に銃口を向けながら血走った目で周りに要求を告げる海賊が遠くに見える。
「お前ら大人しくしろおおお!!!」
「船を寄越せ!!食料と水!金目の物!あと航海術のあるやつだ!!」
「お、落ち着け!食べ物と水ならくれてやれる!!だが船も海を渡れる奴もいない!!いつも本島からの、」
「そんなん知ったこっちゃねぇんだよ!!」
服は破け解れ極めつけに塩で白く汚れた見窄らしい海賊は、諌めようと話に応じた島民を撃ち殺した。それに発破をかけられたように、タッセの前にいた女性もまた走り出した。幸いにして暴れる海賊とタッセ達はかなり離れていた為、女性は無事に逃げる事が出来た。
クラッカーは一つ息を吐き、ドサリと両手の荷物を下ろす。
「そこを動くな」
「え、あ、はい!!」
クラッカーはそう言い捨て、固まっていたタッセはハッとなり反射的に返事をした。面倒臭そうな表情で喚きたてる海賊の元へと一直線に走り出し、小汚く固まった髪を掴んではその勢いのまま地面に叩きつける。いつかの時とは違う、手の汚れを払う仕草で手を叩く。
それなりのタフさはあるのか海賊はすぐに立ち上がり、いつの間にか現れた男が自分の敵であるということを理解した。
ビスケット兵を出すまでもなく、プレッツェルを抜くまでもないと、両手を開けた状態で海賊の前に立つ。
「なんだお前、何なんだお前…!」
クラッカーは矢鱈目鱈に暴れ回る海賊の攻撃を避ける。長銃は直ぐに弾切れになり、海賊はそれを振り回す近距離戦に移行した。そのすれ違いざまにクラッカーはその腰のサーベルを抜く。そしていつもの鍛錬の要領で軽い突きを放ち、海賊の喉を貫いた。能力者でもなければ覇気も使えない弱者は呆気なくその命を落とす結果となる。ガシャリと、銃が地面に落ちる無機質な音がした。
海賊であったものから胴を蹴り飛ばしてサーベルを抜く。ドサリと身体が落ちて、塞ぐものを無くした血液が吹き出てクラッカーの服と肌を汚す。サーベルは突きの威力に耐えられなかったようで先端が砕けていた。
ねっとりとした赤を纏わせた鉄くれを肉塊の上に放り出したクラッカーは簡単な作業を終えて、欠伸をしつつタッセの元へ足をすすめる。近づいてその目に見たものは、ぺたりと座り込んだタッセの姿だった。
クラッカーさんが近づいてくる。だけれど足が動かない。なのに目を背けられない。いつもの甘い匂いに混ざる鉄の、血の匂い。人の身体ってあんなに血が流れているのか。…忘れてた。この人は本来こういう人なんだ。今までそのような姿を見ていなかったから勘違いをしていた。
ああ、ダメだ。この人はもう私の前からいなくなるのに。彼が怖くて堪らないのに、怖いのに、怖いのに、怖いのに、怖いのに怖いのに、逃げられない。恐怖しても嫌悪出来ない。お菓子について語る時の無邪気な笑顔が頭に浮かんでは輝く。
立たせようと掴まれた手に応えられない。顔を覗き込まれかけてやっとはじめて視線を外せた、硝子の奥に覗く血の色の瞳から逃げるように目を閉じてしまう。
「…あれを捨てて来るから先に戻っていろ」
タッセを立ち上がらせようとするのをやめたクラッカーは、タッセが小さく頷いたのを確認して再び背を向けた。
クラッカーもまた、こいつは一般人だったと思い出した。
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