▼ 産まれなかった事にされた子
「ついでだ。全部吐けや、ラス」
間抜けな格好で間に挟まっていた男を退かす。ベッジは落ち着いた、しかし有無を言わせぬ声色で自分の倍以上の体躯の男に命じた。自分の妻に懸想しているなんて与太を鵜呑みにして信じ込む訳ではない。しかしそれでも実際最近の部下の様子はどこか不自然だった。
「、2人で話させては貰えませんか」
「疚しい事がねぇんなら何処でも話せる筈だろ」
ラッシーの提案は却下され、広間中央の小テーブルに2人は場所を移して座る。広間には先程の大声を聞きつけてきたのか大半の船員が集まっていた。その中にはラスの先輩である男の姿も、シャーロット・シフォンの姿もある。ラッシーは彼女を目に映した後、1つ息を吸い言葉を紡ぎ始めた。
「まず、おれは頭目の奥方に手を出すつもりなんてありません。誤解です」
「そうか、まぁそれは大して心配しちゃいねぇよ。しかしだ、それにしてもお前のシフォンに対する態度は確かに妙に見えた。それはどう説明する」
ラッシーは話すのが得意ではないので、次の言葉を考える。ベッジもそれを分かっているので、視線は変わらず厳しいが言葉を待つ。これでも自分から拾った部下だ。粗雑に扱うつもりは無い。
「…頭目は、ビッグ・マムの子ども達にはどの程度お会いになられましたか」
「主要どころには会ったし、すれ違う程度なら大体はな」
「では、将星にも?」
「当然」
それを聞くとラッシーはおもむろにトルーパーキャップとゴーグルを外し、軽く後ろに流していた髪を解して前髪が軽く右目にかかるようにした。
ベッジとシフォンを始めとして、彼女の姿を知るものは全員目と口を見開いた。綺麗に焼けたパンケーキ色の肌、ホイップの如き真白の髪、ソーダゼリーの如き涼しげな瞳、キリリとした眉に厚めの唇。
「おれを産んだ女の名はシャーロット・リンリン。同時に生まれたのは14女シャーロット・スムージー、15女シトロン、16女シナモン。おれは何男でもない。生まれてすぐにこれのせいで親父と一緒に捨てられた」
そこにあったのはスイーツ4将星、スムージーと同じ色合い、むしろ彼女を男にしたらこの姿であると言ってよい姿だった。父親を同じくする他の妹より、余程目の前の男の方が【双子】然としている。そしてその姿に於いて決定的に違う下腿を軽く上げて小突いた。
「つまり、頭目の奥方は血縁上、おれの妹になります。だから…正直接し方に困っていました」
生まれてすぐに捨てられたラッシーに記憶はない。しかし父親から、母親がどのような人物かはよく聞かされていた。その為、妹であるらしい彼女にどう接していいか分からなかった。
ベッジは落とした葉巻を踏みつけ新しいそれを口にする。混乱した脳を鎮める為にニコチンを欲した。
「おれからも頭目に聞かせていただきたい、あんたはビッグ・マムの首を取るつもりなのか」
━━馬鹿に正面切って言いやがる
こっち側に足を踏み入れて時の浅い、青い愚直な切り口。しかしこちらも真正面から返してやるべきだと思った。
「ああ…ただし、もう少し先の話だ」
「……」
「どうした、親殺しは気が乗らねぇから考え直せ、とでも言うつもりか?」
「……いいや、逆だ。おれのこの立場が利用出来るなら存分に使ってくれ」
「おれはビッグ・マムには怨みしかねぇ」
ラッシーはその青の瞳に炎を灯した。その脳裏に浮かぶのはベッジに拾われるまでの過去。
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