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ブルペンでネットに向かって一人ボールを投げ込む。
何度となく腰を上げまた沈む。
2塁手のグラブの位置、滑り込むランナーへ。
───刺せ。
誰もいないブルペンで一人立ち地面に落ちたボールを見つめる。
春の風が短い髪を僅かに靡かせる。
夕方6時を過ぎた風は些か冷たく、運動して火照った体を冷やす。
「咲良」
「!…滝川先輩、に、エースさんお疲れ様です」
「お前なぁ…全く…
すみません」
「いい、コイツの性格はわかったからな」
「それは良かった。
それで、横から見たいという球は?
変化球なのは分かりますけど」
「あぁ、スクリューとシュートだ」
「へえ、スクリュー…」
「一回で捕れるとは思ってないからな」
「あー、お手柔らかに」
「お前なぁ…ったく…」
─────────────
好きなだけ好きな様にエースは投げるし、滝川先輩も好きなだけ見るし全く、本当の壁役だ。
まぁ、それがいいのだから文句は無いのだが。
勿論全てが本気の球ではない。
時間はそろそろ8時半を差している。
終電はまだ先だしまぁいいだろう。
今は球を見た滝川先輩とエースが話し合い、次は直接滝川先輩が捕るようだ。
いい、とは言われていないので呼ばれればすぐ行けるようにプロテクターのままベンチに座れば「あのさ…」と横から話しかけられる。
「えっと…川上くん…」
「あ、うん」
同学年の投手志望川上くんが立っていた。
「今大丈夫?」
「ん〜…うん、大丈夫。
なにかあった?」
マネージャーとしても動ける。
この時間なら先輩方も変えられているだろうし。
「いや、あのさ、咲良さんさえ良ければなんだけど、
球を受けて欲しくて」
「え?でも…本職の御幸くんとか小野くんとか居るけど…」
「あの二人は二人で自主練しててさ。
それを邪魔するのは…って思ってたら咲良さんがこっちに居たから…
勿論嫌なら嫌って言ってくれて平気」
苦笑して遠慮がちな物言いに私まで苦笑する。
「いや、受けるのは全然平気だよ。
なんなら今ちょうど空いてるし」
「ありがとう…!」
「いえいえ。
じゃ、どうぞ」
滝川先輩達が話している横で座り、川上くんを正面に捉える。
「あ、サインとか決めてないから球種口で言ってね」
「う、うん!
じゃあ…」
そうして彼が振りかぶり投げた。
綺麗なサイドスローだ。
パンっと、軽快な音を立ててミットに収まる。
うんうん。
キレのあるいい球だ。
「ナイスボール!」
彼のグラブに納まった球はまた素手に握られる。
川上くんはふぅっと息を吐き、こちらを見据える。
「次、スライダー!」
「OK」
ビュッと振られた腕から放たれた白球はまたミットに収まる。
変化は鋭くいやいやしかし…
「いいとこ来てるよ!」
彼はコントロールがいいね。
こういう投手は安定感があるから重宝される。
圧倒的な球速も、恐ろしい変化球を持っている訳じゃあないが、きっちりと抑えられるような投手になる。
「次、シンカー!」
「へぇ…了解〜」
ストレート、スライダー、シンカー
球種は三つか…
数度に渡り球を受け、そのうち何故だかブルペンに人だかりがまたできていた。
話し込んでいたハズのエースと正捕手・滝川先輩も、東先輩も、2年生のさっき話しかけられた先輩も、同級生達もがこちらを見ていた。
「…えっと皆さんどうしたんで…?」
「いや…流石だなと思ってな」
「さすが…?」
「お前、川上の球捕るの初めてだよな?」
「え?勿論…今日初対面ですし」
ねぇ?と彼に同意を求めればコクコクと頷く。
「とは思えん位には咲良がきっちり捕っとったからなぁ」
「そうですか?
球種さえ分かれば大体捕れますよ。
それに彼、コントロールいいし」
コースの指定はしていないが、それでも宣言した球にほぼ逆球はなかったろう。
「あ、ありがとう…ってもう時間…!」
「あ〜…っと9時半か…そろそろ私は帰るけど…
皆さん大丈夫ですか?
まだ今ならマネ業の方大丈夫ですよ」
と言えば「いや、いやいやいやもしかしてお前通い!?」と御幸くんがちょっと苦笑しながら言ってきた。
「え、通いだけど?」
「家どのへんだよ…」
「…県境超えるよ。
まぁまだ終電あるし「はぁ?危ねぇだろもっと早く帰れ!」い、いや私みたいなのに不審者は寄り付きませんって」
伊佐敷先輩の大声に思わず口端を引き攣らせる。
今帰ればまぁ11時頃には帰宅出来るはずだ。
ここからの終電なら恐らく11時半頃。
「あー、御幸!
知り合いの好でお前せめて駅までは送ってけ」
「お…はい」
伊佐敷先輩の声に従おうと返事をする御幸くんに思わず変な声が出る。
「お前、都内じゃなかったか?」
「あー、中学入る前に引っ越したんで…っていうかいいよ別に!御幸くんまだ練習するでしょ?
この時間ならまだ平気だからさ練習戻んなよ「咲良、今日は大人しぃ送られとき」うっ…はい…」
鶴の一声、ならぬ東の一声。
運動部の性かさすがに最上級生の言葉には逆らえない。
しかもとっとと追い出されてしまった。
御幸くんと共に。
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