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「咲良」
「滝川さ…いや、滝川先輩って呼んだ方がいいですか?」
「そこはお前に任せるよ」
「それで、どうしました?」
今はまだマネージャー業をしている所で手には籠いっぱいの硬式ボールが詰まっている。
シートバッティング用の物で打撃投手は現在2年の丹波先輩と1年の川上くん。
キィンッと金属バットに当たる硬球の音が響き渡る。
「いや、腕は鈍ってないみたいだが、まだ親父さんの話は監督たちにもしてないのか?」
「…するつもりもないですよ。
あの人も今は家ずっと開けてますし…」
「そうか…」
「それだけですか?」
「いや、キャッチャーとは別にバッティングの方はどうだ?」
「そこそこ、ですかね。
可もなく不可もなくですよ」
「お前がそういう時は世間一般のそこそことは違うんだよな…」
「そんなことないですよ。
でも素振りはしてます一応」
手はマメだらけで皮が厚くなっている。
白魚のような美しさはない。
爪も短く選手としてのケアがされているのみ。
「クリス〜!
お前何1年とだべってんだよ〜」
「そんなんじゃない…」
「じゃ、私はこれで」
「咲良」
「はい?」
「後でキャッチング頼めるか?
横から見たいんだ」
配給は任せる。と続いた滝川さんの言葉にもちろん、と返して籠を交換してマネージャーの方へ戻る。
「さて、と…藤原先輩、何かありますか?」
「ううん、大丈夫。
あとはこっちの方くらいだから帰って大丈夫よ。
唯も幸子も帰ったしね。お疲れ様」
「了解です。
じゃあもう少し練習見て帰ります。
お先失礼します。お疲れ様です」
「あ、そうそう。
私は『貴子』でいいからね。私も有澄って呼ぶしさ」
そう言ってウインクする彼女は可愛かった。
こんな可愛さがあれば、なんてのは無い物ねだり。
もう日は暮れているのに彼女のそんな姿が眩しく感じた。
「ありがとうございます。
貴子先輩」
「おつかれ」
「お疲れ様です」
グラウンドでは選手達が懸命に白球を追いかけ、土に汚れている。
数年前まで、自分の居場所はそこだった。
昔から父に似て身長は高かったし、男によく間違えられた。
髪は肩より短く、顔は中性的で自分より小さい男の子に混じって泥まみれになりながらボールを追っていた。
父の球を受けるようになったのはいつからだったろう。
最初はプロテクターをつけていても怖くて良く球を逸らした。
それが段々捕れるようになって、母も父も喜んでくれた。
それでも父は息子が欲しかったようで、私のことは愛してくれていたが幾度となく「男ならプロ野球選手だな」と言われたりした。
それでも私は『私』だし、どんなに頑張っても生命の神秘には抗えない。
女に生まれた私は、そんな環境でも女として育った。
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