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横浜散歩

波香が社員になって初めての日曜日が来た。

朝7時

隣の布団で敦はまだ眠っている。
ぱっちりと目が覚めてしまった幼い彼女は身を起こし背中を伸ばした。
陽の光が顔にあたって眩しくて目を細めた。
洗面所で顔を洗い歯を磨き、戸棚のパンを齧って朝食にした。
食休みの後、小さな─────
乱歩や与謝野を筆頭に大量の洋服が贈られ、止むを得ず、と言うより山積みになった惨状に呆れた国木田が彼女(と敦)に買い与えた四段構成のシンプルな─────箪笥の一番下の段から洋服を取り出し着替える。
真っ赤な下地に白い水玉の膝丈のワンピースは与謝野のチョイスで、セットで頭に付ける同柄のリボンもある。
一人で付けられるように、と与謝野が綺麗なちょうちょ結びにヘアピンを付けている為、鏡を見てパチンっと小さく音を立てて頭に付けた。
普段の疲れからか敦はまだ起きない。

時刻は8時半を指そうとしていた。
今日は敦は休日。波香は逆に出社することになっている。溜まった太宰の書類をどうにか進めさせるためだ。
太宰が迎えに来るはずの時刻はとうに過ぎている。
ため息をついて彼女はギッと軋む扉の開閉音を響かせ廊下へ出ると太宰の部屋をポストの穴から覗き見た。
案の定、そこに太宰の姿は見えず先よりも深い溜息を吐き出した。
敦の眠る部屋へ戻ると、ぬいぐるみを引っつかみ鍵をかけて寮を出て行った。

社までの道は覚えている。覚えてはいるのだが、如何せん幼い子供は直ぐに他の事に意識が持っていかれてしまう。
花屋の店先で咲き誇る草花の隣に三毛猫が路地裏へ入るのを見つけ、それを追って波香も路地裏へ歩を進めた。

大通りに出た時には三毛猫は見失ってしまっていた。
そして我に返れば知らない道に立っていた。
いや、本当は探偵社へ向かう道の一本隣の通りなのだが地理に明るくない彼女はそれに気づきはしない。

「ここどこ」

とぼとぼと歩きキョロキョロと周囲を見回す。
見覚えがない訳では無いがそこがどこなのかは分からない。
ちらりと見たオシャレな店の店先のショーウィンドウ。
きらきら光るカラフルな菓子に目を奪われ、じっと見つめる。
その姿は年相応だが、一人きりで全く慌てていない様子に、見ようによってはただ親を待つ幼子にも見える。

「おや?」

背後から差した影に波香が振り返り上を向けば、そこに立っていたのは横浜で初めて出会った壮年の男──森鴎外だ。

「君は…」

「…もりさん?」

「あっこの間の子ね!」

森の傍には波香より幾分か年上であろう少女───エリスが控えていた。

「私はエリスよ
あなたは?」

「波香」

「波香ね!
…リンタロウ…気持ち悪い」

エリスは笑顔で冷たい視線を森にぶつける。
彼の表情は全く締まりなく波香を見ている。

「エリスちゃん、この子とお揃「イヤ」どうして!?」

「波香とお揃いは別にいいけど、リンタロウを悦ばせるのがイヤなの」

ツンっとそっぽを向いた彼女は波香に向き直り、「食べたいの?」と問いかける。

「食べる…?」

「マカロン見てたでしょ?」

「…でも、お金ない…」

ギュッとぬいぐるみを抱きしめ下を向けばエリスは「ここのお菓子はオススメなのよ。リンタロウ、私波香と食べたいわ」と森に向き直りおねだりした。

「いいよ!
店内で食べて…持ち帰りもしようか」

ニッコリと笑ってエリスは波香へ手を差し出す。

「ね?いいでしょ?」

彼女はそう言って波香の手を引いた。
店内は甘い匂いが飽和している。

「何名様でしょうか?」

「三名で」

「かしこまりました。
三名様ご案内致します」

案内されたのは窓際の席。

「ご注文お決まりでしょうか?」

「マカロンを…二人分とコーヒーと紅茶…波香ちゃんは飲み物どうする?」

「…ここあ」

「かしこまりました。
少々お待ちください」

数分もすればカラフルなマカロンが皿に盛られて飲み物と一緒にテーブルへ運ばれてきた。

「さぁ、好きなだけ食べるといい」

顔の下で両手を組みニコニコと波香とエリスを見つめる彼の姿は優しい父親に見えることだろう。
さくり、とおずおずと食べた波香はパァっと顔を明るくさせた。

「おいしい?」

「…うん」

「でしょう?
ここのマカロンが私は横浜で一番好きなの!」

コクコクと甘いココアを飲み、エリスと波香はマカロンを二人で消費する。
皿が空になった頃、波香は「…トイレ」と小声で言った。

「トイレならそこの右だよ
一人で行けるかい?」

「うん」

足のつかない椅子から飛び降りてトイレへとてとてと向かう。
用を足して手を洗って席へ戻ろうとした時、グッと脇から腕を引かれた。

「っ!?」

「しーっ」

抱き上げられ顔を見れば、探していた筈の太宰である。

「全く…知らない人について行ってはいけないよ?」

苦笑して波香を床に下ろした。
どうやらこの店に彼の顔見知りが居たらしく従業員の通用口から出入りする。

「…もりさんにお礼言ってない」

「私から言っておくよ安心してくれ給え」

「…というか、太宰さんがサボらなければこうなってない」

じとっと彼を見上げる少女は不機嫌そのもの。
ふふっと男が笑って手を引き、「マカロンならまた今度私が買ってあげるからそう怒らないでよ。
ほら着いた」

気づけば社の下に着いており、なぜ気づいたのか国木田が窓から身を乗り出してこちらを見ている。

「こんの唐変木!!
何処をほっつき歩いていた!!波香まで連れ出して!!」

*










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