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虎情報












アリスの案内した茶屋で敦は茶漬けだけをしこたま喉に通す。

「おい太宰、森、早く仕事に戻るぞ」

「私がまだ餡蜜食べ終わってないからダメー」

「なぜお前まで食べているんだ森ィ!」

しれっと同じ伝票で餡蜜を頼んだアリスに国木田が怒声を響かせた。

「あら、午後休の私を借り出したのだから相応の礼があっても良くなくて?」

「くっ……それもこれも全てお前のせいだぞ太宰。
仕事中に突然『良い川だね』とか云いながら川に飛び込む奴がいるか。
おかげで見ろ。予定が大幅に遅れてしまった」

と手帳を開けば我関せずと太宰は「国木田君は予定表が好きだねぇ」と口にした。アリスは餡蜜を食べる手を止め指を耳に突っ込み耳栓をした。

「これは予定表では無い!! 理想だ!!
我が人生の道標だ!! そしてこれには……」

手帳を机に叩きつけ太宰を睨みつける国木田。
その手に持った手帳には『理想』と大きく書かれており、叩きつけた手帳の表紙をトントンと指で叩く。

「『仕事の相方が自殺嗜癖(マニア』とは書いていない!」

「まぁそりゃあ理想には書いてないわよね。
書いてたらそれこそ国木田くんのその手帳は『予定表』に成り下がってしまうわ」

餡蜜の最後の一口を飲み下し、「ご馳走様でした」と手を合わせてから云ったアリスは苦笑していた。

「ぬんむいえおむんぐむぐ?」

口いっぱいに茶漬けを頬張る敦は言葉にならない言葉を口にする。

「五月蝿い。出費計画の頁にも『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」

「んぐむぬ?」

「だから仕事だ!! 俺と太宰は軍警察の依頼で猛獣退治を────」

声を荒らげて敦に向かって云う国木田。

「アリス、敦君の言葉、分かるかい?」
「分かるわけないじゃない。日本語になってないわよ」
「だよね。私の読唇術も無理……君たちなんで会話できてるの?」

単純な疑問は無視され数分後、机には大量の空の茶碗。アリスの食べ終わった餡蜜の硝子の器は既に下げられており、お冷の入ったグラスが国木田の前と同様に置かれ、太宰の前には珈琲(コーヒーの僅かに残った珈琲茶碗(コーヒーカップ

「はー食った!
もう茶漬けは十年は見たくない!」

と笑う敦。腹を摩る姿にアリスはあれだけ食べて腹が出ていないのに少し衝撃を受ける。

「いやほんっとーに助かりました!
孤児院を追い出され横浜に出てきてから、食べるものも寝るところもなく……あわや餓死かと……」

苦笑して云う敦に太宰は「ふうん、君、施設の出かい?」と問えば敦は自嘲して「出というか……追い出されたのです」と返答を返す。

「経営不振だとか事業縮小だとかで」

アリスはその一言に少しの違和感を覚えた。尚も太宰と敦の会話は続く。

「それは薄情な施設もあったものだね」

「確かに……孤児を追い出すだけであとの処置もしないなんて酷いわね」

アリスはそう云いながら脳裏に思い出すのはすえた匂いのするこの横浜の一角。一度しか行かなかった、いや、行けなかったが。彼がそこに堕ちてしまわなかったことを少し安心した。

「おい太宰。俺たちは恵まれぬ小僧に慈悲を垂れる篤志家じゃない。仕事に戻るぞ」

国木田が制止して仕事へ戻るようまた云う。
そう云えば、と「皆さんは……お仕事は何を?」敦が問う。

「なァに……探偵さ」

太宰が気障に指を立て云った。
チッと国木田は舌打ちをひとつして「探偵と云っても猫探しや不貞調査ではない」ぽかんとした敦に訂正する様に云う。

「私たちはね、斬った張ったの荒事が領分よ
武力行使や危険な仕事を受け持つの」

「異能力集団『武装探偵社』を知らんか?」

その言葉に敦がハッと思い出したかのように目を見開き、手を組めば太宰と国木田を見つめた。
しかし、太宰は能天気に天井を見つめる。

「あの鴨居頑丈そうだね……
例えるなら人間一人の体重に耐えられそうな位」

「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするな!」

怒りを滲ませる国木田の叱責に太宰はいつも通り

「違うよ。首吊り健康法だよ。知らない?」
「なに? あれ健康にいいのか?」

と国木田を揶揄う。

「……ンなもんあったらこの世は健康志向の首吊り死体だらけよ……」

アリスが口端を引き攣らせ小さくひとりごちた。

「そ……それで……探偵のお二人の今日のお仕事は?」

む、と国木田は顔を歪める。本来依頼内容は漏らすべきではないが…と

「虎探し だ」

メガネのブリッジを上げ、返答した。
敦はその言葉を聞き目を見開いて「……虎探し?」と同じ言葉を返す。

「近頃街を荒らしている『人食い虎』だよ
倉庫を荒らしたり畑の作物を食ったり好き放題さ」

「最近はこの辺で目撃されてるらしいのよね?」

担当である2人にアリスが確認の為問うとガタッと大きな音を立てて敦が椅子から崩れ落ちていた。
その顔には恐怖を浮かべながら。

「ぼ、ぼぼ僕はこれで失礼します」

腰が抜けたのか四つん這いで方向転換し出口へ向かう敦を国木田は「待て」と云いながら彼の首根っこを猫のように掴みあげた。
敦は絶望とも恐怖とも取れる表情をこちらへ向ける。

「む、無理だ! 奴──奴に人が敵うわけない!」

「貴様……『人食い虎』を知っているのか?」

行き詰まる捜査に国木田は情報を持つだろう敦を逃がすはずがない。

「あいつは僕を狙ってる!殺されかけたんだ!
この辺に出たんなら早く逃げないと──」

ぱっと服を離した国木田は次の瞬間、ガッと敦の右腕を捻りあげ、ビタンっと床へ叩きつける。

「云っただろう。武装探偵社は荒事専門だと」

その様子に他の客や店員ががこちらを見る。
目立ってしまっているが、まぁ武装探偵社と云えばなんとでもなるだろう。

「茶漬け代は腕一本か、もしくは凡て話すかだな」

と更に腕を捻りあげれば、敦は痛みに息を呑んだ。

「まぁまぁ国木田君」
「沸点が低いわよ国木田くん。そうやって締め上げる方法は『武装探偵社』向きではないわ。彼だって被害者なのよ?」
「君がやると情報収集が尋問になる。
社長にいつも云われてるじゃないか」

太宰とアリスが制止する。国木田は「……ふん」と云い立ち上がる。周囲でこちらを見る人間に「見世物ではない!」と視線を外すよう云う。

「それで?」

太宰がしゃがみ込み敦に目線を合わせる。

「……うちの孤児院はあの虎にぶっ壊されたんです
畑を荒らされ倉も吹き飛ばされて───
死人こそ出なかったけど貧乏孤児院がそれで立ち行かなくなって、口減らしに追い出された……」

椅子に座り直し机には新たに暖かい茶が置かれている。

「そりゃ災難だったね」

国木田は本題として『殺されかけた』事の詳細を問う。
話を聞けば、虎は敦を追ってここまで来たらしい。空腹の中川辺の割れた鏡を見た時、後ろに巨大な虎が見えたが、それから衰弱して殆ど覚えていないという。

「……貴方が院を出たのと虎を川で見たのはいつ頃?」

「院を出たのは2週間前、川であいつを見たのが──4日前」

国木田へアリスは視線を送れば虎は確かに敦の動向と同じ動きをしていた。

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