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置いてかないで



「は?」

少し、ほんの少し席を外しただけだ。
それなのに、どうして誰もが居ない?

ソファに置かれた紙が目に付いた。
走り書きで『悪い』の一言。
名前がなくてもわかる。これを書いたのは松田さんだ。

喉が張り付いて声が出ない。
でも、それで立ち止まってる場合ではない。
彼が死んだのは一人で乗ったのも要因だ。
彼があの観覧車に一人でなければ、きっとどうにかして脱出を試みただろう。

扉を全開のまま廊下に駆け出して階段を走り降りる。何段飛ばしかとか、何人とぶつかりかけたとか分からない。
車が駐車場から出たところだった。

そばを通ったタクシーを捕まえて「前の車おってください」とだけ伝えておいた万札を突きつける。
こんなガキが……とでも言いたげな視線を私に送ったタクシーの運ちゃんは次の瞬間「一度言われてみたかった」と勝気に笑ってアクセルを踏み込み爆走する。
ともすれば制限速度ギリギリだ。
前の車は警察の車であり制限速度などお構い無し。
しかしこちらは通常のタクシー。徐々に距離を離されるもぎりぎり目視できる距離だ。

もし、もしも原作とは違う場所だった場合を考えて下手に場所は指定できない。
ここはもう既に原作からはそれてしまっているのだから。

しかし、到着したのは思っていた場所だった。

「ありがとうおっちゃん! 釣りは要らん!」

「おうよ! 頑張んな!」

走り抜けようとすれば警備員が止めようと前に出てくる。

「入園は────「警察関係者! どいて!」うわっ!?」

飛び越えて観覧車へ駆け抜ける。

「美音ちゃん!?」
「美音くん!?」
「どうしてここに!?」

「なっ……美音!」

佐藤刑事の声、目暮警部の声、白鳥刑事、そしてここには本来いなかった萩原さんの声。

4つの声を背に目の前の背中に飛びかかって一緒にひとつのゴンドラに乗り込む。

「てぇ!? おま……! 美音なにしてんだ!」

「来ちゃった

松田さんは私を見て目を見開くと怒鳴りつける。
茶化す言葉にも彼の表情は和らがない。

「そんなに怒んないでよ……ねぇ松田さん


置いてかないで


ってば……」

外の喧騒はゴンドラの中からしたら遠い世界の音のように聞こえた。

*


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