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一般的でない普通の人間



車の後部座席に唖然としている間に押し込まれた男は手に持っていた銃を咄嗟に名も知らない運転をする男に向けた。

「……ちょ!? 今運転してっからタンマタンマ!」

「……白樫美音ちゃん。君は何者?
まさかとは思うけど、俺達の敵と通じてたり……なんてことないよね?」

「通じてるのであれば、多分私はあの場で貴方をあの男から引き離してません。
基よりこうして車に載せるでもなく、クッションを用意することもなくビル下へ突き落としてます。
……組織が遺体の処理をすることなど容易いのは貴方もご存知だと思いますし」

そりゃそうだ、と彼は思いつつも銃口を下げることはしない。信じるべきものをきちんと見極めねば彼の仕事上、直ぐにでも心臓は動きを止める羽目になる。
それだけじゃない。彼がミスをすれば何人何十人といる世界各国にいる、自身と同じ志を持つ人間を危険に晒すことにもなる。だからこそ自身の死か相手の死を選ばねばならない時は多く存在し、先程ビルの屋上で相見えた男と幾人もの命を狩ることすら実行した。
目の前の一人の命と、この先の未来に奪われる事になる数多の命を天秤にかけていた。

「村雨さん、今は黙って着いてきてください。
公安に戻りたいとしても今表に出れば殺されるでしょうし、何より敵を騙すにはまず味方から……なんてのもありますよね」

口調とは裏腹に美音の声は先日、いや先程会った時よりも幾分か低く、真剣味を帯びていた。
運転する男、皇は彼らの会話を意に介さず、ただ前を見据えてハンドルを握り車を走らせていた。
気づけば米花町にたどり着き、車はある一軒の屋敷の駐車スペースに収まる。

その建物は以前同輩から聞かされた有名人の自宅。
立派な門に前庭どころか、横を見れば広々とした芝生の敷かれた庭があり、中央に鎮座している屋敷をぐるりと囲っている。

「ここは……」

あまり人の家をジロジロと見るものでは無いが、人の気配を探して見回す。
そうこうしているうちに、ガチャりと美音が扉を開いた。どうぞ、と促している彼女は既に先に中へ歩を進めている。
何も答えない男を放置して皇も屋敷へ上がり込んだ。
このまま逃げるにしても危険は付きまとう。
観念して扉を潜り、屋敷内へ上がった。

「あ、そこ座ってください……って皇くん!」

どうやら白樫美音とこの皇と呼ばれる男は気の置けない関係らしい。と、村雨は二人を見て思考した。既に案内されたリビングのソファに腰を下ろしていたからだ。

「俺コーヒーな」

「仮にも喫茶店のマスターなら自分で淹れようとか思わない?」

「店以外で淹れるのは勘弁なんだよ」

カチャンッと少し乱暴にローテーブルに置かれたせいでカップの中のコーヒーが波打っている。あっぶねぇな! と皇が美音を睨むも、彼女は既に村雨にコーヒーを丁寧に出していた。あからさまな様子に皇は青筋を立ててため息を吐くと、カップを片手にリビングから姿を消した。
それを美音は見つめると、数分経ったか、数秒だったかもしれないが数時間とすら思えた沈黙が二人を包んだ。

「村雨さん、こうなって……勝手な行動をして申し訳ありません」

徐にそう言って彼女は頭を彼に下げた。
美音は既に村雨、という彼の名乗った名が偽名である事を分かってはいたが、スコッチ、とコードネームで呼ぶのは躊躇われ彼から言われた名前を呼ぶ。

「謝罪はいいよ。むしろ俺は助けられた側だからね。
ただ、君は何者?」

そう単刀直入に問う。
遠回りに聞こうが疑問はそこに辿り着く。

「……何者……」

逡巡し、僅かに眉頭を動かして視線を下げる美音に男は警戒しつつ真っ直ぐに見る。

「……映画監督白樫春彦の娘。大学生。それ以上でもそれ以下でもありません」

「……なるほど?
つまり、言えない……と思っていいんだね。
そうなれば、俺は君には何も話せない」

「むしろ、私は今言った肩書以外には何もありません。掘り下げたとしても帝丹小学校の入学式の挨拶経験とか、東都大学の首席とか?それこそ村雨さんが言っていた事件の解決云々しか出ないと思います」

「だろうね。それ以上の情報はないし、なんなら怪しいものもない。生まれ育ち現在や知名度こそ特殊であれど普通の日本人だ」

一般的でない普通の人間

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