覚悟を決めて引き返すな
どうしてあの人が私の名を知っていたのだろうか。
会ったこともなければ、私は公安とは全く関係を持っていない。
萩原さんや松田さん、伊達さんが言ったとなればきっと彼等ならばその旨を私に伝えるはずだ。
いや待て。
そもそも、萩原さんと松田さん、伊達さんはスコッチと知り合いなのか?
というか、萩原さんに至っては降谷零と知り合いかも怪しい。えっ!!!!!!!! 怪しい!!!!!!!!
いや、落ち着け私。
とりあえず、スコッチである彼がなぜ私を知っていたのか、それを知らねば拙い。
可能性を挙げるならばやはり警察関係、警視庁内での情報として拾ったか、はたまた『組織』が関係しているのか。
私の預かり知らぬところで私の噂が独り歩きしている可能性だってありうるのだ。
だがしかし、だ。ただの爆弾魔を探すために情報を探るのと、国際的犯罪組織の情報を探るのではわけが違う。
下手に手を出せば私のみならず、早めに新一も目をつけられるだろうし、両親までも危険に晒すであろう。公安に知り合いさえいれば、別だろうが……
「あ……」
学校を出た時は重い雲が空を覆っていただけだったが、途中でポツポツと頭上から僅かに水滴が降り、肩や頭を濡らす。
数分もしない内にバケツをひっくり返したような雨が街に降りしきる。思わず顔を歪めて舌打ちを漏らし、通いなれた道を走り出す。
一番近くの駅の軒下に一時避難し、鞄からタオルを取り出して軽く水分を拭う。
とは言え、小さなタオルでは流石に心許ない。
ため息を漏らし、鞄の最奥に腕を突っ込めば
「あ」
目的の物でなく、鞄の底が爪先に当たった。
しまった、そう言えば折り畳みは彼に貸しっぱなしだった。
溜息をつき、雨の降りしきる屋根の外をぼーっと見つめる。
通り雨だといいなー……
携帯を取り出し誰かに迎えを頼もうか、と画面を見つめれば不意に私の前に人の気配と視線の端に靴先が現れた。
顔を上げ、人物を確認すると無意識にも関わらず声が漏れた。
「え……」
「返すって言ったろう?」
ニコリ、と笑うのは先日私が傘を貸した男性、スコッチであった。
「ちょうど良かったね」
傘を畳み彼も軒下に入ってきたかと思えば鞄から見覚えのある折り畳み傘を取り出して差し出してきた。
「カバーは借りなかったからこのままで悪いけど……ありがとう。助かったよ」
「いえ……わざわざありがとうございます」
「今日も急ぎじゃないの?
時間あるなら飲み物でもお礼にって思うんだけど」
「まぁ、ただの学校帰りなんで……」
「へぇ、東都大学?」
「……そうですけど……」
入学したばかりといえど、警察方へは大学バレしてるため名前と顔が一致しているならば、知られていてもおかしくは無い。
なのだが、この人が言えばなんとも言い難い警戒心を持ってしまう。
警視庁公安部、そこから組織に潜入捜査するなどエリートであると思って間違いないだろう。
「前、聞きそびれたんですけど
どうして、私の名前と顔知ってるんですか?」
めんどくせぇド直球に聞くが吉!!
こういうタイプの人は画策するだけ無駄だと思う!
頭が足りない!
最近は両親居ないから地元で昔からの人しか私の事は知らないだろうし、関わりのない部署の人とはマジで関わりないしな!
「そりゃあ、有名だからね」
「有名?」
「知らない? 君、時々新聞に載ってるよ」
「え」
待ってください。
私はそれを許可してない。
あとそう言われてしまえば追及できない。
「あぁ……それでね……」
「あぁ、ごめん
もしかして……不審者だと思われてた、かな?」
「……まぁ……慣れてるからいいですけど……」
そりゃ年頃の(死語)女の子(瀕死)の名前知ってるとか警戒しちゃうでしょ。
「おにーさんの名前は?」
「え?」
「貴方だけ知っているのは不公平でしょう?
お礼ならそれで充分ですし」
「……ははは、確かに、不公平だ
村雨……村雨光だよ。よろしくね」
覚悟を決めて引き返すな
*
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