×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
ずしりと重くのしかかった



彼と出会ったのは、あの事件から数ヶ月経った雨の日だった。
既に足の方は日常生活の制限も解除され、そろそろ激しい運動も医者からOKが出る頃合い。
ちなみに松田さんも、2ヶ月ほど前に退院して念の為のギプス付きで今日も萩原さんと強行犯係で勤務中。

その日は国外にいる父さんと母さんに頼まれて仕事の資料を届けに行ったのだ。
電車に乗る前は晴れ、とは言い難いがそこまで天気は崩れておらず、珍しく地下鉄に乗って居たので外の様子は見えなかったから、改札を出て激しく音を立てて地へと水滴を打ち付ける様に顔を歪めた。
外には腕を頭上へかざし、少しでも雨から逃げ惑う人々が様々な方へ走っていた。

まだ屋根のあるところから出ていないにもかかわらず、足元は跳ねた水が細かな飛沫となり足元を濡らす。跳ねっ返りのそれは足元だけでなく霧状となって微かに顔にもその涼しさを送り付けてくる。

「……最悪」

ため息混じりに思わず口にした一言。
家を出る前に見た天気予報は降水確率30%だと言っていたが、やはりあの気象予報士は信じられない。トークが面白いから見るのだけれど。

ゲリラ豪雨であることを祈り端に寄る。
決して小さい駅ではないのだが、家に近い改札から出場したから時間を潰せる店もない。
鞄に入っている折り畳み傘を使うにしてもほとんど意味を成さないように思う。特に急いでいる訳では無いから少し雨足がマシになるまで待とうと外をぼーっと眺めていれば、バタバタと男性が駆けてきた。

チラリとそちらを見れば男性は額に手をあてた。背にはベースケースを背負っている。多少の防水はしてるかもしれないがソフトケースであることから、水には強くないだろう。
急いでいるのか慌てて携帯を取り出して、耳に当てる。
雨の音が激しく声は聞こえない。

肩を竦めて男性は少し距離を開けて、私の隣に立ち背を壁に預け、私同様チラチラと外を見ている。
ハッキリと見た男性の顔に思わず目を見開いて、息を呑んだ。

───────スコッチ。

数度紙面と画面で見た程度だが、間違いなく彼であった。
その視線に気づいた彼は、私に視線を寄越し居心地悪そうに会釈する。

いや、雨が緩くなるまで二人で待つのはきつい。空間的に。
それに、彼を救う事は正しく組織に関わること。
危険な賭けをするに今これを利用しない手はないが、露骨だと警戒される。だから、まぁ期待せずに。これは良心だから。うん。そう。

私は彼に向き直り、口を開く。

「あの、これ、使ってください」

カバンから取り出したワインレッドの折り畳み傘。
少し小さいが、ないよりマシだろう。

「え? いやでも、それは君が──」

「私は時間ありますし、最悪知り合いに来てもらいますから。急いでるんですよね?
あと、ケースもソフトケースですし……」

差し出した傘と私の顔を交互に見れば、心苦しそうにも受け取った。

「ありがとう」

「ソレ、捨ててもらっていいですから」

「いや、返させてもらうよちゃんと」

微笑んだスコッチは傘を開き屋根の外に出ればこちらを振り返る。

「────白樫美音ちゃん」

パシャパシャと水音を立てて彼は去っていった。

「……返すって……って言うか、名前……?」

ずしりと重くのしかかった

雨を吸った空気と同じくらいに、何かが背中にのしかかる。

*

prev next
back