家へはいると部屋は静まり返っていた。

しっかりと閉めきれていなかったのだろう。水道の蛇口からは一滴ずつ雫が垂れ、下に置いてある洗い桶から水が溢れてしまっている。早く閉めなければ、そう思いながらも足は玄関から動こうとしない。

ぽっぽっと雫の垂れる音だけが聞こえてくる。
いつもは飛びかかってじゃれてくる犬も俺の機嫌を察しているかのようだ。


ふと、赤也の笑顔が頭をよぎる。少し前までは毎日顔を合わせ、毎日話をし、毎日キスをしていた。

その生活がおかしかっただけで、これが日常だ。なのに何故こんなに感慨深くなる。何故こんなにも寂しいのか。

気持ちを落ち着かせようと、とにかく玄関から家に入る。椅子に腰掛け、改めて赤也との考えてみる。


赤也はいつも直球で気持ちを伝えてきてくれた。
好き、愛してる、という言葉を軽々しいのではないかと思うほど言われた。でも赤也のその言葉の裏には自分への愛がこもっていることを知っていた。
自分でも完全に自覚するほど愛を向けられ、甘えた。

なのに俺は同性だからという型にはめられた考えで拒絶と好意の入り混じった曖昧な返事ばかり返していた気がする。

今考えると付き合っている自覚も薄かったのかもしれない。所詮は男同士だと軽んじて、恋人同士の付き合いのことなどあまりしっかりと考えていなかったのではないか。
そのくせキスやセックスばかりして恋人の真似事をしていたのは誰だ。

自然と溜め息が出る。以前はこの空間で溜め息をつくことなんてなかった。
しかし今部屋で一人感じているのは紛れも無い喪失感で。

「おかえりなさい」と言う赤也の声に毎日救われていたのだと気づく。


好きだ、と赤也に思いを伝えたことなんてあっただろうか。


どれだけ頭を働かせても今この部屋に自分しかいない事実はかわらない。

本当に、


「失ってから気づくとはこの事だな…」


毛布に顔をうずめ眠そうにしていた犬がちら、と俺の方を向いた。ふと、自分の頬を涙がつたっていることに気づく。



「…赤也、好きだ」

雫の垂れる音を聞きながら殺風景なこの部屋で一人そう呟き俺は、泣いた。









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