赤也、星が綺麗だな
そう言われて夜空を見上げると小さな星が1つ見えた。俺は満天の星空の方が好きだけれど、柳さんはきっとこういう星の方が魅力的に感じるのだろう。
俺は、言葉を返さず曖昧に頷く。




「赤也、付き合おうか」

ちょうど2ヶ月ほど前に柳さんに言われた言葉だ。
不思議と驚きはしなかった。なんだか昔から予定されていたことのようにさえ思えた。

「いいっすよ」

柳さんにつられたのか俺も、買い物に付き合うような、そんな軽い言い方で返事をした。
付き合う以前よりも距離が縮まったように感じる時は嬉しかったし他の先輩とは違う安心感もあった。一緒にいるだけで満足だとも感じた。


だけど俺と柳さんはキス止まりのプラトニックな関係で、体を重ねて愛を感じることはないしキスだってほとんどしない。
柳さんが俺のどこを好きなのかも全く分からないし、俺だって柳さんをそういう意味で好きなのかと問われたら即答はできないだろう。
そんな俺と柳さんの関係はあまりにも不毛で、考えていると泣きたくなるくらい悲しくなることがある。

きっと俺は甘えているだけなのだ。強い安心感を感じるために。慰められ甘やかしてもらうために。


「どうした?」

よほど酷い顔をしていたのだろう。柳さんが心配そうな顔で聞いてきた。
なんと返せばいいか分からず黙っていると無視するような感じになってしまった。

「キス、してもいいか」

そんなことをいきなり柳さんから言ってくるなんて珍しい。そう思って柳さんの方を向いた途端唇をふさがれ息ができなくなった。口の中から体を侵食されるような長いキス。こんなのは初めてだ。
やっと口を離した時は柳さんの息遣いも荒くて顔も少し赤くなっているようだった。俺はなんとなく、セックスでもするんだろうかと思った。


「赤也」
「はい」

「別れようか」

熱く高鳴った胸が冷めていく。
驚いて顔を上げると柳さんは、いつも俺の髪を優しく梳いてくれるように、たまにキスをしてくれる時のように、小さく笑っていた。

「それじゃあ俺はそろそろ帰ることにする」

突然のことに頭が働かない。
とりあえず見送ろうと思い、ゆっくりと腰を上げる。

「見送りはいい」
「え…」
「じゃあな赤也、また明日」
「あ、はい…おやすみなさい」


パタン

ドアの閉まる音が静かに響いた。


「俺、ふられた…?」


ベランダから下を覗いてしばらくすると玄関から柳さんが出てきた。多分母親に会釈してるんだろう。玄関先で一旦立ち止まって、ゆっくりと歩き出した。いつも通りの涼しい顔で。
何故か悔しさが込み上げる。

きっと上から俺が見てるってことくらい予測済みなんだろう。俺が声をかけたら振り向いていつもみたいに笑って「おやすみ」なんて言うんだろう。
そして明日になったら何もなかったように振る舞うんだ。ねえ、柳さん。


「好きっす」

口だけを動かして小さな声で呟いた。もしかしたら柳さんには聞こえているのかもしれないなあ、なんて。

夜風が口の中に流れ込んでくる。乾いた唇に夜風は痛い。


空を見上げると星が二つ。小さな光で必死に夜を照らしていた。












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