※中一赤也と中二丸井







また、先輩達に負けた。
幸村先輩にも真田先輩にも柳先輩にもまだ一度も勝ったことがない。

小学生の時、負けることなんて考えたことはなかった。口だけじゃなく、実力だってあると自負していた。なのに中学に入って初めて感じた圧倒的な差。完全な敗北。
でも一番悔しいのは逃げ出して一人めそめそと泣いている自分だ。はぁ。ついつい溜め息が零れる。

「さすがにこんだけ負け続けだとつれえなあ…」

「うんうん、そうだよなあ」

自分以外の声で相槌が返ってきた。驚いて後ろを振り向く。

「丸井先輩か…」
「んだよ、そのガッカリした顔は」

軽く頭を殴られる。本気じゃないにしても丸井先輩のげんこつは結構痛い。
だからといって今は言い返す元気もない。ひどい脱力感。試合のことなんて三強の先輩達のことなんて、どうでもよくなってしまうような。ああもう、どうでもよくなりそうなのに。また泣きそうだ。悔しい。

パチン!

憂鬱な気分に浸っていると、いきなり目の前で先輩の風船ガムが割れた。

「おい。先輩の存在忘れんなっつーの」
「…」

人と会話する気になれず沈黙が続く。先輩は無言で俺の正面に座って、ガムを膨らませては割りながら雑草をいじくっている。この人は本当に何をしにきたんだ。

「切原、手出して」
「…なんすか?」
「先輩の言うことは黙って聞いとけって」

その言い方に多少なりとも反感を覚えながらも、右の手のひらを丸井先輩へ差し出す。
すると手を正面の先輩の方へ突き出すような形に変えられ、俺の指先に先輩が指先を重ねて触れ合わせた。

俺の頭には?マーク。

「元気になるおまじない」
「え?」
「元気がない時はこうするといいって昔っからばあちゃんに言われてきてさ、物心ついた頃は内心ありえねえだろって思ってたんだけど不思議とこれが効くんだよなあ」

触れ合う指先を見ながら丸井先輩の言葉を聞く。どこが穏やかで聞きやすい声だ。

「俺にもよく分かんねえけど、こうやってしてると相手の温度だけじゃなくて他にもなんか伝わってくると思わねえ?」

問うような口調だったが別に返答を求められているわけではないのだろう。先輩も指先を見ながらゆっくりと語りかけてきた。

「泣くのは全然悪いことじゃねえけど…でもお前あんまり泣きすぎはもったいない」

もったいない?丸井の言葉の意味が分からず、顔を上げる。

「試合中のお前はすげえかっこいいんだから、あんま泣き虫だとなんかもったいないぜ」

ニカッという効果音が聴こえてきそうなほど爽やかで明るい笑顔。


「先輩…」

掠れ声で小さく呟くと、子供をあやすように優しく笑いながら俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。
俺はまた溢れそうになる涙を必死に堪えた。

「んだよお前、また泣きそうな顔してるぜ?」
「っ!もう泣かない…っす!」
「プッ、切原くん変な顔ー」
「慰めてるかけなしてるかどっちなんすか!」
「うん、やっぱ切原は生意気なくらい元気な方がいいな」
「…っす」

恥ずかしくなるようなことを平気で言う人だ。照れ臭くなって、下を向いて鼻を啜る。


「丸井ー」ジャッカル先輩が探しに来たのだろう。遠くから先輩を呼ぶ声が聞こえた。

「おーもうそんな時間か。んじゃ帰るわ。」

立ち上がってユニフォームについた汚れを軽く掃って、歩き出そうとする。
先輩、と呼び止めると緩慢な動作で顔だけをこちらに向けてきた。


「あの!!よかったらなんすけど……切原じゃなくて…名前で呼んでもらってもいいっすか…」

語尾がどんどんと萎んでいく。

一瞬呆気にとられたような顔をしていた先輩が噴き出した。

「やっぱお前おもしれえな」
「……笑わなくても」
「ごめんごめん、でもそんな真剣な表情で告白するみたいに言うことじゃねえだろぃ!」

確かにそうだ。顔が熱くなる。自分は何を言っているのだろう。呼び方なんてそんなことどうでもいいじゃないか。だけどどうしても、この人に名前を呼んでほしいと思ったのだ。

「お前本当面白い奴だなあ…って、そろそろ行くわ」
「あ、すいません…引き止めちゃって…」
「んな謝んなくていいから!じゃあな赤也!また明日!」


そう言って走っていく先輩。どんどんと小さくなっていく背中。

「でけえなあ…」

無意識に呟いた。




赤也。名前を呼ばれたことが嬉しくて口元が緩む。手を大きく開いて丸井先輩の言っていた『おまじない』を思い出すと、自然と笑みがこぼれた。改めて見ると手は涙やら鼻水やらで汚れていた。

あんなことするなら軽く拭くぐらいすればよかったなあ。

中一の夏。俺はそんなどうでもいい後悔をした。







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企画「幸福論者」さまに提出させていただきました。







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