俺はそんなに甘いものが好きというわけじゃない。でもこの日に期待せん男なんてえんじゃろ。


▼ポケットに愛を


今日はいい天気だ。しばらく降り続いていた雪も解けはじめ、日の光が当たると教室からでもきらきらと輝いているのが分かる。
普段は考えもしないような事を考え、気分も心なしか高揚している気がする。自分でも馬鹿らしいと思う。しかしいくら立海の詐欺師と一目置かれている自分だって所詮は中学生である。

バレンタインデーを楽しみにしない男はいない。

ましてや相手は料理上手ときた。完璧だ。
胸躍る興奮を抑え、目の前で携帯をいじっている恋人に問う。

「のぅ、ブンちゃん」
「んー?何だよ?」
「今日何の日か知っとる?」
「2月14日」
「…まあそうなんじゃけど」

「バレンタインデー」
「分かっとるやないの」

「昨日ガトーショコラ作ったぜぃ」
目は携帯の画面を見たまま、手だけを俺の前に突き出してピースサイン。

「ま、お前にはやらねえけどな」
「……プリッ」

なんでじゃ。男同士とはいっても一応れっきとした彼氏ではないのか。それに、

「真田達にはあげてたろうに…」

元々料理が趣味である丸井は、事あるごとに菓子をつくっては部活に持っていきメンバーに差し入れたりしていた。
去年のバレンタインデーもレギュラー全員分にチョコを作ってきていて、もちろん俺も受け取っている。なのに、今年は態度が冷たい。

「あ、でも」

携帯を見ていた目線をようやく外し、俺の顔を見て言う。
「今現在俺よりチョコもらってたらガトーショコラやるよ」
「お…ほんまか…!」

正直俺は丸井よりモテる。というか自分でもどこがいいかは分からないが人並み以上にはモテている方だと思う。
事実まだ昼休みだというのに既に30個以上はチョコを貰っている。放課後になったらまた呼び出されたりして数が増えるんじゃないだろうか。丸井もまあまあモテる方だがそこまでは貰っていないだろう。
そんなことを考えながら自信満々にチョコがはいった紙袋二つを取り出し丸井の方を見る。唖然とした。目の前には紙袋二つをパンパンにして不敵な笑みを浮かべる恋人。しまった。
丸井が甘党というのは学校内でも何故か有名だ。その為、いつもペットのような存在で好かれている彼は餌付け感覚でバレンタインデーにはたくさんチョコをゲットしている。忘れていた。

バレンタインデーでの丸井はモテる。


だが、だからといって負けているとは限らない。

「よーし、じゃあ数えようぜ」
「望むところぜよ」


「ひとーつ、ふたーつ…」

玉入れ方式に一つずつチョコを出してきて数える。

「…さんじゅーよん、さんじゅーご、さんじゅーろく、さんじゅーなな…あ」
丸井の声が止むと共に俺の手も止まる。

「まじかよ」
「…一緒、じゃな」

両者共に37個。同点なり。

「ちぇー、今年はお前に勝てると思ったのにー」
「でも同点じゃき」

拗ねたように唇を突き出す姿が可愛い。と思うと同時に考える。同点では丸井はチョコをくれないだろうか。

(くれなさそうじゃな…)

チャイムの音が昼休みの終わりを告げている。
机の上に広げたチョコを片付け溜め息をつきそうになるのを堪えて、自分の席へ戻ろうと立ち上がる。

「じゃあ仁王、今日の放課後は俺ん家な」
「ん?」
「んだよ、俺の天才的なガトーショコラ食いたくねえのかよ」
「同点でもよか?」

そう聞くと、はぁ…と大きく溜め息をつく丸井。呆れたようにこっちを見ながら言う。

「いい加減気づいてくれねえと、さすがの俺も心折れそうなんだけど」

丸井が何を言っているのか分からない。周りからみたら今自分の頭には?マークが浮いているだろう。そんな俺を見兼ねてか、とんとん、と丸井が俺の鞄のポケットをつつくように指差す。見ろ、ということなのだろうと解釈し鞄のポケットを探ってみる。目にはいったのは見覚えのない茶色の袋。
開けてみると可愛らしいピンクの小箱がはいっている。

「丸井…これ…」
「はいはい、それでお前は38個。俺は37個でお前の勝ち。」

「あーちくしょー、せっかく一人でガトーショコラ食えると思ったのによー」
そう呟く丸井の耳がうっすらと朱に染まっている。駄目だ駄目だ。抱きしめたくなる衝動を落ち着かせる。

「嬉しいのう…」

自分にしか聞こえないように言ったつもりだが丸井には聞こえたのだろう。顔全体がさっきよりも赤みを増している。
「とにかく放課後はそっこー俺ん家だぞ!分かったらさっさと席戻れ!」
「全く、ブンちゃんは素直じゃないんじゃから」

うるせー!と小さく叫ぶ丸井からの非難を背中に浴びながら席へ戻る。

(なんて幸せなんじゃろ…)




授業中こっそりさっきの小箱を見ると小さな文字で"天才的な俺より"と書いてあるのが見えた。こんなことを書くのは一人しかいない。


ああ、
今日はいい日だ。



――――――――――――――――――


(なあなあ、去年は普通に渡してくれたんになんで今年は面と向かって渡してくれんかったんじゃ?)
(はあ?!…別にいいだろぃ!)
(なんでか言ってみんしゃい)
(…)
(ん?)
(……やっぱり本命チョコ渡すのは照れるだろぃ…)
(丸井…)
(んだよ!)
(ガトーショコラはもうええ…俺はブンちゃんが食べたい キリッ )

(もうお前帰れ)











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