虎水さん家の七夕事情
6年前に蒸発したツンツン頭の夢見がちな父親と、現実主義な絵本作家の母親、それと父親の性格と髪質を受け継ぎ、両親の暖かみのある目をいい感じに譲り受けた不出来だが愛嬌はある弟ギンタ。それに私ホタルの4人が虎水家の家族構成だ。

両親の冷えた時の目付きが遺伝し母親のストレートヘアーと現実主義な性格。弟とは真逆の性質を受け継いだ私はこの一家の特徴である金髪なのも災いして傍から見たら常に気怠そうにしている只の不良少女にしか見えなかった。

まだ純粋な幼女の頃は母親の絵本の読み聞かせと父親の語るメルヘンな世界に憧れて、ギンタを引き連れ近所の友達と馬鹿みたいなお姫様ごっこをするくらいには夢も見れる子供だった。
前述の通り目つきが悪く、悪の魅力と言う物にも惹かれていたので意地悪な姉役とか継母役を率先してやる事が多かった。友達はみんな悲劇のヒロインの甘い味を占めていたので母親の資料を読んで学んだ私の陰湿な虐めも割と素直に喜んで受け入れていた。
当時ながら友達に変な性癖が付かないか心配になったが、特にそんな事も無く次第に周りの人間と共に落ち着き始め、ついには卒業した。
父親が蒸発して母親が周りの目を気にしながら仕事に打ち込み始めた時期が重なったのも原因だったかもしれない。

私は母親に肩入れしてしまう人間だったようで、ギンタが何時まで経っても夢見がちなままでいる物だから、遠回しに現実見ろと毒を吐くようになったので顔を合わせる度に喧嘩をした。
「姉ちゃんだけは味方だと思ってたのに!」と本気で泣かせた時の顔は忘れられない、もう何年前の話だろう。

高校生に上がって以降は勉学とバイト三昧な生活を送り始めたのでギンタとは生活リズムがすっかり変わり、会話も減った。

現実主義とは言ったが、気休め程度の願掛けはする。
7月7日は七夕で織姫と彦星がどうたらとか短冊に願いを書く理由はああだとか昔父親に教わったような気がするが、覚えていない。
ただ毎年この時期になると何処のバイト先でも雰囲気作りの為に笹を展示しているので飾り付けを増やす為に従業員は全員何か書く事になっている。掛け持ちしまくっているのでそろそろ願い事が尽きて来た。
やっぱり世の中金なのだ。あと人脈。

給料が上がりますように。
内申点が下がりませんように。
バイト代が上がりますように。
母さんの新作が売れますように。
第一志望に受かりますように。

「うわっ、姉ちゃん何だこれ。金の事書きすぎだろ。」

風呂上がりのギンタが珍しく後ろから覗き込んで来る。成長期がなかなか来ない我が弟はきっと今日も爪先立ちだ。

「やぁ弟、何か久しぶり。バイト先で短冊貰ったから1人1枚ノルマとして何か書かないといけなくてね、欲深い人間だから全部違う願い事考えてるの。」

「バイト5件も掛け持ちしてんの!?何買うつもりだよ!?」

「女子高生は流行りに乗り遅れると教室内で生きて行くのが面倒な生き物でね。だからその流行費用。でも来年受験でバイトとかやってられないから今の内に貯めてんの。」

「へぇー、女子高生って面倒なんだな。」

感心しているんだかしていないのだかわからない態度のギンタは小袋から音を鳴らして何かを取り出した。
多分アイスだろう、後ろから清涼感のある甘い香りがうっすら漂う、ソーダ味か。

「掛け持ちしてるのは5件じゃなくて7件。2つ願い事決まらない。」

「7件って普段どんな生活送ってるんだよ…。そういや正月に神社で巫女のコスプレしてたけどまだやってんの?」

「正式なお仕事の格好をコスプレ扱いするんじゃないよ。今の時期は連絡貰ったら掃除しに行ってお金貰ってる。そこの短冊も書かないと。」

「ふーん。何か御利益ありそうだ。」

割と興味津々のギンタに、アンタだったら何書く?と尋ねてみる。
返答なんてお決まりのアレだろうが、話の種には十分だ。

「俺だったら夢の世界に行きたいって書くけどな。」

案の定だ、わかり切った返答ありがとう。
久しぶりに普通に会話出来ているのにまた喧嘩して終わりそうだよ。

「行けばいいじゃん。小遣い貯めて小雪ちゃん誘ってさ。千葉なら電車で乗りつけばすぐでしょ?」

「夢の国じゃねえよ。世界、夢でよく見るおとぎ話のせーかーい。姉ちゃんも昔行きたいって言ってただろ。」

「私は現実を彷徨わないといけない理由があるから書けないよ。」

国の方でネズミ夫婦のパフォーマンス見て乗り物乗れればそれで十分だ。
どうせなら着ぐるみの中の人になって死に物狂いで風船配ってみたいとも思う。

「…で、アンタこの部屋に何しに来た訳?テスト近いから過去問でも借りに来た?」

「そうだ、ゲーム借りに来たんだった。もう一台本体無いと手に入らないアイテムがあるんだよ、姉ちゃん貸して。」

机の隅に置かれた埃の被るまだ最新世代の初期型ハード機。
息が長い物で、マイナーチェンジを繰り返しながら今もゲーム界の頂点に君臨している。高校に入る前はたまにソフトを交換しながらギンタと遊んだ物だった。
そろそろ次世代に変わる頃だ。私はもう買わないだろう。

「あげようか?」

「うーん、いいや。何か姉ちゃんと二度とゲーム出来なくなる気がするし。」

ギンタはゲームを受け取ると気恥ずかしそうにぽりぽりと頭をかきながらそう言った。
ひょっとしたら、この弟も唯一良好な関係を築けている中継器のような物が実の姉の手から無くなってしまったら、今度こそ仲が悪いだけの姉弟関係になってしまう事を恐れているのかもしれないと考えると、なんだか可愛くて仕方が無い。
本当は自分と話の合う人間が一人でも多くいて欲しいのだろう。だから昔の話とは言えども夢の話に付き合ってくれた姉との関係を諦めきれない、修復したい。

「ああそうだ、願い事一つ思い付いた。」

ギンタの成績が上がりますように。

「嫌味か!?」

それでも私は夢の話には付き合おうとは思わないのだ。

ギンタが部屋へ戻るのを見届けると、最後の短冊を取り出してペンを走らせる。美味しい物は最後まで取っておくタイプだ。
私がバイトをしている理由は、流行費用とは言ったが半分は嘘だ。
現実を彷徨わないと見つからない物。その為に今までバイト代の2/3は別の貯金箱に貯めて来た。
探偵を雇って父さんの行方を追う。これが本当の目的、母さんの為。
本当は行方を知りたくて仕方が無いのに、養わないといけない私達二人が足枷になっているから父さんを探す事を母さんはずっと諦めている。

だから、神社で貰った神の力が宿っていそうな最後の短冊にはこう書かないと行けない。

父さんが見つかりますように。

最後の文字を書き終えると、札束の入った貯金箱の蓋を開けて、短冊を一旦仕舞った。
このお金で雇うのだから、いい人に巡り会えるようにと願掛けして。

部屋の電気を消して、眠りに落ちる。今日は疲れた、瞼が重い。
夢は、何年も見ていない。

ギンタが失踪したのはそれから数日後の事だった。
私が悪夢のような形で父親と再会するのも、同日。

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