愛とか恋とかわからない
ホタルちゃんは、ボクのバイト先の「花の石島」によく買い物に来る同じ学校の別のクラスの女の子だ。
「石島君最近よくお店にいるね」と話していたので、以前からの常連客のようだった。

「神楽さんって、最近引っ越して来た人?何かと有名な花菱君と同じクラスの。」
「そうだよ。その烈火さんの紹介でここで働かせて貰っているんだ。」
「石島君と仲いいもんね、花菱君。神楽さん、うちのクラスでも話題になってるよ。優等生でボーイッシュな美人が転校してきたって。中間テストの成績発表でも名前上の方に載ってたから、みんな凄いねって。」
「でも葵の奴オレたちには何も教えてくれねーの。」
「だってキミ達ボクがわざわざ勉強見なくても教えてくれる相手がいるじゃないですか。そもそもの話聞きに来てくれた事ありましたか?ここでお世話になってるお礼も兼ねて頼まれれば今日からでも勉強会を開きますよ?まずは何がいいですか?植物も関わってる生物学から攻めますか?そうだ、時間があるならホタルちゃんも一緒にどうですか?」
「アオイサンスミマセンボクガワルカッタデスベンキョウハイヤデス」
「仲いいんだね。折角のお誘いだけど私もこの後用事があるから。良かったらまた誘ってね。」

最初の馴れ初めはこんな感じ。その後は何回か会っても中身の無い他愛もない話をして、終わり。

すれ違う形で水鏡さんが花を買いに来た時、「あの子、ここで買っていたんだな」と呟いていたので「知り合いですか?」と尋ねた事がある。「…たまに花を抱えているのを見かけるから。」と言うと直ぐに土門さんの所へ行ってしまった。
水鏡さんは最初、この花屋が知り合いの実家だと知らずに買い物に来たようで、店前で仕事をしている土門さんを見てかなり失礼な顔をして驚いていたらしい。SODOMの一件以降身の回りが落ち着いた事もあって頻繁に買い物に来るようになったと土門さんは言っていた。

花束を買いに来る度土門さんに「今日もデートか?」と問い詰められる水鏡さんはいつも「そうだ」と誤魔化しているけれど、本当は違う事をボクは当然察している。彼の触れられたくない深層を見てしまっているから。頻繁に通うようになったのは、きっと巡さんの事も関係しているのだろう。

だからボクは火影の皆と打ち解ける事が出来ても水鏡さんにだけは苦手意識を持たれ続けているし、嫌悪感さえ抱かれているとも感じている。
柳ちゃん達から話を聞いていると初めて会った時よりは人に関心を向ける事も増えたし自然と笑うようにもなったみたいだけれど、多分ボクとは一生仲良くなれないのだろうな。どうしても駄目な相手がいる事はボクだって理解しているから。

そんな「以前より」は人に関心を向けるようになった水鏡さんが会話もした事の無い赤の他人のホタルちゃんの顔をわざわざ覚えていると言う事は、彼にとっての特別な場所でよく見かける人間だからと言うのが理由だろうし、ホタルちゃんが花を買いに来る目的はきっと墓参りの為なんだろうと言う事もなんとなく予想が付いていた。





今日は、夕方に雨が降るとブラウン管の向こう側で気象予報氏が解説していた。
結果はご覧の通り雨。

「霞、ごめん先行ってるね!烈火達も、バイバイ!」

傘を持って来ていなかった風子ちゃんが大騒ぎしながら同じく持って来ていなかった土門さんと一緒に鞄を雨避けにして一足先に走って行った。期末テストが近いので同じくバイトをしている霞ちゃんに勉強を教えて貰う約束をしているらしい。

烈火さんは柳ちゃんと同じ傘の中。あまり可愛いとは言えない傘を差すボクと3人で楽しそうに微笑んでいる霞ちゃんに別れを告げると、歩きながら足早に雑談を始めた。

「烈火さん柳ちゃんと別れた後どうするの?」
「母ちゃんが折り畳み傘持たせてくれたからへーき!」
「風子ちゃんに貸してあげればよかったのに。」
「嫌だよあいつ返すの忘れるし。今日土門の所行くなら俺より家ちけーじゃん。」
「烈火、雨苦手だもんね。」
「そうなの?」
「今はそうでも無えけど、前はなんか体調悪くなった気がしたし、嫌な事もあったからなー。」
「…麗と最初に接触した時の事?」
「柳は攫われたし、立迫先生と奥さんは酷い目にあったし、あの時オレ何も出来なかったからなー。」
「でも薫君と会えたよ。確かに酷い事されたし、心細かったけど、気を使ってご飯持って来てくれてあの時本当に嬉しかったな。……薫君、元気かなあ。」
「…きっと元気でやってるよ。じゃあね、また明日。」

こんな事を話しながら十字路で二人と別れると、誰もいない自宅へと1人歩いていく。雨は激しさを増していた。
実の所、小金井君の話になると何となく居心地が悪い。
組織も違うし、彼は一人中学に通っていたからまともに話す機会が結局一度も無かったのだ。
どんな子かは知っているけどそれは敵目線で見ていた只のデータに過ぎなくて、「麗にいた時はこんな子だったよ」とすら言えないくらい彼とはまったく接点が無いから、何が好きだったとかこんな思い出があるとか柳ちゃん達が楽しそうに話している中ボクが会話に混ざる事は、難しい。
疎外感を抱きながら、知人かどうかの線引きされた外側で笑って相槌を打ちながら会話している気になったつもりでいる事しか出来ない。

天気が悪いのも後押しして、何処となく気分が落ち込んでくる。誰かと会いたいな。話がしたいな。悩みを聞いてもらいたいな。前は蛭湖がよく話を聞いてくれたけど、学生ですら無い彼とは今はたまにしか会えない。電話は…駄目だ、ボクは欲しかった物を手に入れる事が出来て前より満たされているのに。こんな事で悩むなんて意味がわからない。

帰宅路の先で警笛が音を鳴らし始めるのが聞こえる。
学生の帰宅時間と重なるから、電車が通る時間なのだと言う事を思い出した。いつもなら家に着く頃に聞こえるのに。どれだけ足が重くなっているのだろう。

電車が交差する時間帯と重なるので、その踏切は今渡ろうと考えると結構長い時間待たされる事になる。ボクの家は向こう側じゃ無いから、関係無い。
今日も長いな、こんな雨の日に運悪く引っかかった人は災難だろうな。と目をやると

そこには傘も差さずに大雨でずぶ濡れになりながら、交互に光る赤いランプのある遮断された踏切の前でへたり込んで呆然とした顔で通過する電車を眺めているホタルちゃんがいて。
鞄が、肩からずり落ちていた。

ああ、あれはどう見てもヤバいやつだ。

こんな天気だから、あまり人もいないけど当然声を掛ける人間もいて、それがどう見ても治安のいいとは言えないこの町にお似合いのガラの悪そうな人間で近くに止められてる品の無い車に乗せられそうになっていたから。

「ごめんね、遅くなって。一緒に帰ろう?」

見かねたボクは彼女の腕を取って、鞄を拾い上げると走って家に連れて帰った。
後ろから何か声がしたけど、大丈夫。追いつかれても、あの程度ならボク一人でどうにでもなる。歩調が合わずにホタルちゃんが転んで怪我をしてしまわないかだけが心配だった。





確かに誰かと話がしたいとは思ったし、あの状況なら助けるのも当然だけど有無を言わさずに勢いのまま彼女を部屋に上げてしまった、どうしよう。
取りあえず身体が冷えるからとシャワーを浴びて貰う事にしたけど、女の子を部屋に連れ込むなんて実は初めてだ。
柳ちゃんや風子ちゃんすらここに来た事は一度も無い。それどころか男に限定しても蛭湖がたまに顔を見せにやって来るくらいだ。皆一度は遊びに行きたいとは言うけれど、結局騒ぐ事になるなら陽炎さんのいる烈火さんの家に集まる方が都合がいい上に、帰りに寄るには場所が悪くてここが選択肢になる事はまず無い。

そうだ、着替えを用意しないと。制服が乾くまでの替えを用意しないと。Tシャツとハーフパンツで大丈夫かな?
下着は、えっと前にコンビニで買って結局使って無いのがどこかにあったような…上は?上はどうしよう?煉華はどうしてたっけ?あ、森様の趣味で付けて無かったな確か。蛭湖ならこんな時…いや、聞いてどうする。

どうせ乾くまでの間の話だ。出るに出られない状況にさせるのも嫌だからと、一言声を掛けて脱衣所に着替え一式とタオルを置いてきた。
さっきの状況が自殺だと決まった訳じゃ無いけれど、動く人影が見えたから死んではいないようだった。

お湯を沸かしながら、温かい飲み物の準備を終わらせた所でボクも着替えないといけない事を思い出す。
あの雨の中を走ったら、傘なんて差してても意味が無い。借り物部屋は着替えもせずに動き回っていたボクのせいですっかり雨水だらけだった。
これも片づけないと。





「……神楽さん、色々ありがとう。」

浴室から戻って来たホタルちゃんは、温かい紅茶を目の前に出すとようやく口を開いてくれた。
出された紅茶をちびちび飲みながら、何か喋ろうとカップを置いてはボクの顔色を窺い、飲むのを再開する。紅茶が底を着くまでそれは繰り返された。ゆっくりでいいよ。

「……神楽さん、男の人だったんだね。」

……え、そっち?
予想外の方向へ話が飛んで行った事に、心臓が跳ねる。見られていたのか。
どうしよう、隠しているつもりは無いけれど、それはバレても問題の無い場合だけ。
今更男子高生の神楽葵として過ごすのは、思考操作が不可能になった現状難しい。出来れば穏便に話を済ませたい。

「…見てたの?」

「扉が少し空いていて、声掛けようと思ったら…。殆ど後ろ姿だったから、違ったらどうしようって思ったけど。うん、驚いた。
…石島君、美人に弱いのに神楽さんへの扱いが花菱君を相手にしてる時みたいに雑だったから、変だなとは思ってたけど…。」

そんな些細な違和感でわかる物なのか。
それにしてもボクの家だと言うのに視線も気配も感じなかった。おかしい、数カ月前は情緒不安定でもこんな事無かったのに。風邪、引いたのかな。肌寒い気はする。

「……ちょっと面倒な事情があって。」

「ずっと身体が悪くて学校行けて無かったって噂聞いた事あるけど、それ?」

「……そう言う事にしておいて下さい。」

最初に女子生徒として入ってしまった以上今更本来の性別を明かしても面倒事を増やすだけだから押し通していると言うだけで、男だと思われようが女だと思われようが、正直ボクはどっちでも構わない。普段は女の子の格好をする事が多いけれど、一人称は男が使う物だし、よく言われる心は女性なのかと言う話も、何だか違う気がする。

以前仕事が終わった後やけにそわそわしている土門さんにその辺で拾ったと言う年齢制限の付いた本を見せて貰った事がある。これが男子高校生か、と感動はしたけれど本の内容はまったくもって面白くなかった。

「こんな風にSODOMで毎日盛っている人は当然いたんですけど、よくわからないままだったな。大変ですよね、こうでもしないと子孫が残せないって。ボクは恋とか出来ても、こんな事したいって思えるのかな。」

「萎える事言うのやめろバカ!」

「騒ぐとバレますよ。」

案の定土門さんのお母さんにバレて「葵君になんて物見せてんだいこのバカ息子!」と本を取り上げられた土門さんは頭に煙を上げる瘤を作って「葵に見せたオレが馬鹿だった」と嘆いていた。

ボクの中の欠落している物の一つが、多分それなのだろう。性別と言う区切りがどっちつかずか存在しないから、認められたいとか欲しいとか好きだとか近い感情が出る事はあっても抱きたいとか抱かれたいとかには繋がらない。
逃げ先として使うべきは無性がしっくりくるのだけど、それは中々に困難な道のりだから「お前はどっちだ」と尋ねられたら、身体の性別はこう定義されているらしいと答える。ただそれだけ。

「……みんな知ってるの?」

「……何人かは、あと担任の先生。着替えが必要な時は空いてる部屋を使わせて貰ってる。」

「大変だね。
…うちのクラスにね、神楽さんに告白しようって意気込んでる男の子がいるの。一目惚れだったんだって。」

「そうなんだ。試しに付き合ってみようかな。」

「え?」

「え?って…あ、そうか。普通は断るのが正解ですよね。」

「普通はって、神楽さん、そう言う人なの?」

「わからない。恋愛に興味はあるけど、縁が無かったから。」

付き合ったら、何かわかるんじゃないかって思ったのと、せっかくボクに興味を持って接触を試みようとしてくれてるのに断るのも悪いなって。

「女の子と付き合うのも、男の子と付き合うのも、ボクにとっては同じなのかも。でも相手が同性だって知ったら、普通は嫌ですよね。」

「……そっか、わからないんだ。」

そう言うと、再びホタルちゃんは黙ってうつむいてしまった。
沈黙。外の雨音に交じって、空調機の稼働音がやけにうるさく感じた。

ホタルちゃんが降られた訳でも無いのに、何故だか言い出した彼女の方が余程ショックを受けているように見えたから、「女の子の気持ちがわからないボクはやっぱり女性思考と言う訳では無いんだろうな」と言う考えが頭に浮かんで、消えた。

もしかしたらあれは彼女なりの冗談で、期待した反応を返すことが出来ずに彼女の気遣いを踏みにじる形にしてしまったのかもしれないと気づいたのは少ししてからだった。

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -