糸目と追加の夏野菜
ギンタ君と糸目ことイアンの戦闘中にわかった事を纏めましょう。
・現レスターヴァ王妃が集めた近衛隊がチェスの兵隊
・今のレスターヴァ城はチェスの砦
・今のギンタ君にはイアンの攻撃が見えない
「そのARMはファントムって男のモンよォ。子供のオモチャじゃないんだ…!」
イアンに返答をせずこの圧倒的不利な状況でギンタ君はスノウ姫に視線を移し、顔を緩ませ、
「絶対助ける!!まってろ!!」
聞こえているかすらわからない言葉を投げ、表情を引き締めると再びイアンに向き直った。
05
「いくぞ!!バッボ!!!」
「うむっ!!」
いつも通りバッボを持ち上げ、投げつける。アルヴィス相手に効果の無かった単純な攻撃は、当然ながらイアンにも簡単に見切られる。そのままバッボの上に軽い足取りで着地。
「おりろ無礼者ーっ!!紳士の頭の上に……」
バッボが叫ぶ中ギンタ君はイアンと間合いをつめ、ハンマー部分を頭部に叩きつけた。も、速攻で防がれそのまま反撃を喰らい、後方へ飛ばされる。
これで生じた間合いを使い、口出を一切しなかったロコちゃんがはじめて戦闘中に口を開いた。
「なんですかその使い方?変形させないの?そんな使い方なら誰でもできます。やっぱりバッボはファントムが一番使いこなせるみたいです」
「変形…?」
「わ…ワシが!!?」
彼女がバッボの何を知っているかはわかりません。そんなことはお構いなしにイアンが心底ガッカリしたように口を開きます。
「弱ーい。ガッカリさせてくれちゃったな、お前ーっ。他人の物とはいえARMもまともに使えないヒヨッ子かあ。あそこにいるのはただのスコップだし。犬は犬だし……」
ジャック君ら私達を品定めするように目線を走らせます、こう言うの好きじゃ無いです不快です。あれ?なんか少し前にも同じこと言った気がしますね。
「強い魔力のヤツはここには出てこねーし…………ホントに姫サマ助ける気あるのかねえ?いたぶっちゃうかぁ」
間合いを詰められ、殴られ、蹴られ、文字通りギンタ君はいたぶられはじめます。痛みで生じる声が室内に響いた。
「ギンタのアホーっ!!早くワシを使うんじゃあ!!!」
「お前さんを使うのはファントムさ。ちゃんとマスターのトコ、連れてくからまってるんだよん。それまで黙れ」
ギンタ君がいたぶられているのを見ていられなかった訳じゃ無いです。ドロシーさんが助けに来てくれるかもしれない、そんな小数点以下の期待に掛けて時間稼ぎをしようと思っただけです。命乞いした所でどうせ助けてはくれないでしょうから。
「おっ!キミようやくやる気になってくれたのかい?」
そんな訳で私はイアンの目の前に立っていました。この行動にイアンがやたら喜びます、うざいですね。
「この中じゃ僅かなりに魔力あるみたいだからさー、いつ出てくるか楽しみだったんだよねー。名前はなんてーの?」
「チェスの兵隊相手とわかった以上迂闊に名乗るなんて馬鹿なマネしませんよ」
魔力、何となくあてはあります。アルヴィスやドロシーさん、あの二人が持っているオーラのような物が魔力なのだとしたら私が無意識に出していたこれも魔力なのかもしれませんから。
イチかバチかとか言ってられません、ここで発動させなきゃ『死』に直行するでしょう。
ARMの付いた右手を前に出し、一つの指輪に念を籠める。
ARMの名前は、どこで知ったのかはわかりません。
何か電波的な物を受け取った気がします、これで違ったら恥ずかしいですね。
「ウェポンARM、『ウォーハンマー』」
指輪が輝きを放ち、手に武器が収まります。やりました、成功しました。
ハンマーですか、ギンタ君と被ってる気がしますがまあいいでしょう。
そう言えば昔、世界の武器辞典を読んでいた兄さんとこんな物を見た気がしますね、だから扱えると言う訳ではありませんが。
取り合えずイアンに向かってハンマーを振ってみるもギリギリの所で避けられました、舌打ち案件。
⇔さっきから攻撃をすれどもすれども掠りすらせず、避けられます。一発くらい当てさせて下さいよ。相手は私が戦闘に関してはギンタ君以下のド素人だということをわかっているのでしょう、だからこそさっきから反撃をせずギリギリの所で避け、素人丸出しな攻撃を見て楽しんでいるんですね、ああなんて悪趣味。
別にそれで構いません。当たれば御の字ですが私の目的は一番戦闘が出来るギンタ君が少しでも回復するように時間を作ること、わずかでも相手の体力を減らすこと。あとドロシーさんが来てくれたらラッキーだなーと。
はなから倒せるなんて思ってませんよ。
この人はギンタ君相手にいたぶるとは言っていましたが、根は戦闘狂なだけっぽいのでそう簡単に殺される事は無いでしょう…多分。
「うんうん、キミもよくやったよ。
でもいくら魔力を通わす事が出来ても当てられないんじゃ意味ないよねー」
「…私、今日初めてARM発動したんで、少しは褒めてくれてもいいと思うんですよね?っ、しかも教えてくれる師匠無しのオマケつき。環境の悪さにしては時間稼げただけ頑張ったと思うんですけど?」
体力の限界を感じ、舌戦に切り替える。
喋りながら、息切れしている事に気づきました。修行が足りませんね、生きて帰れるなら増やさないと。
こっちに来て身体能力が上がっているとは言えARMに魔力を通わせつつ攻撃なんてやったことが無いのでほぼ体力は限界ですよ。
「お、実践無しのぶっつけ本番とはまあまあ凄いじゃん?でも初めての相手がオレッちなんて、キミも運が無いねえ」
「そうでしょうか?一方的に殴れるくらいの力量差はあるのに、ギンタ君の時のようにいたぶりに来ないだけ、あなたは相当マシな部類に感じますが?」
「んー、格下の女相手に一方的な戦闘仕掛けるのは気が進まないなあ。オレっち彼女いるからかな?何か気が引けちまうよ」
「惚気話はいいですから遊んでないでさっさと終わらせて下さい。どうせハロウィンが戻って来たらバッボは回収、姫以外の人間はここで死ぬんですよ?それとも気が引けるなら今ここでロコが倒しましょうか?」
痺れを切らしたロコちゃんが鞄を下ろし、中身を取り出そうと手をかける。
イアンが「わかった、わかった」と話を制した。時間稼ぎはどうやらここまでのようですね。
「で、キミ、名前は?死ぬ前に教えてよ。覚えとくからさ」
魔力の途切れたARMがリングに戻る。イアンが近づいてくる。
「ノーコメントで」
「あっ、そ。まあキミ、弱っちぃなりによくやったと思うよ?」
次目が覚めたとき、生きていたらいいですね。
「ホント、よくやったよ」
腹部に衝撃が走り、全身が床に叩きつけられた。呼吸もまともに出来ないまま、目の前が闇に包まれ、そして強制的に意識が途絶えた。
⇔前に少しだけ言いましたが私は家庭環境が原因であまりもといた世界が好きでは無かったし落ち着いた今でもそんなに好きじゃありません。
世界と言うよりは『周りの環境』がですね。
人から見れば決して良い環境と呼べるような暮らしをしていた訳じゃありませんでしたがあの日まではそれなりに満足感はありました。
私が周りの環境に対しての嫌悪感が増幅したのは6年前、そう、兄さんが行方不明になったあの日から。
⇔よくわからない爆発音(ギンタ君より発生)で現実世界に呼び戻されます。体を起こそうとすると腹部に鈍い痛み、生きてました、これからもよろしくお願いします。
「あー…痛い」
そう言えばイアンと戦ってて気絶したんでした。
内蔵や骨が壊れていると言う事は無さそうなので、相当手加減はしてくれたのでしょうね。
それにしてもこう短期間に何度もお腹を殴られると出なくてもいいものまで口から出てしまいそうです、魂とか。まともに戦えるようになったらいつか締めます。ところであれからどうなったのでしょうか?
周りを見渡し最初に目に入ったのは真っ赤になって倒れているギンタ君、ピンピンしているジャック君とバッボ。氷から解放されたであろうスノウ姫、そして知らないおっさんがいてエドワードがいませんでした。
「遅くなったなロコ!姫様、まだ生きてるか?」
声のする方向に顔を向けると、チェスの兵隊側に十字を背負ったなんとも素敵スタイルなトマトが出現。お腹痛いのに笑わせないで下さい。
トマトの問いかけに無表情のままロコちゃんが怒りを含んだ声で応答する。
「ズイブンとお早い事で。おかげで状況はよろしくないです。ロコは怒っています」
「こっちの状況も変わったんだ。宴も終わった。新しい指令伝えにきたぜ。
『第二次メルヘヴン大戦を行うため、チェスの兵隊全員集結せよ』!!」
えぇ…姫様死ぬかもしれない瀬戸際なのに宴終わってから来たのかよ。失礼、言葉が乱れました。
「第二次メルヘヴン対戦………また世界にケンカを売っちゃうんですね」
「YES。姫様連行指令も一時中断!ファントムはこう言ったよ」
トマトによると、ファントムとやらは自身が復活したので6年の間に平和ボケした人間共に再び恐怖を植え付ける為、チェスの兵隊によって再び戦争を起こす事に決めたとか。
「どうだ?楽しくなりそう「おいコラ!!さっきから何コソコソしゃべっていやがる。トマト野郎!!」
トマト頭の話に知らないおっさんが割り込み、張り詰める空気の中ガンの跳ばし合いを始めます。
「ホウ…話には聞いていたが本当にお前か、アラン…」
「違うなァ。今は、エドだ。6年ぶりだなぁ、オイ」
「お互い生きてて何より……ヒュヒュ……」
トマト頭だけは心なしか少し嬉しそうに見えました、会話を聞く限りどうやらあのトマト頭とエドっておっさんは知り合いらしいです。犬のエドはおっさんに進化でもしたんですかね。
「…ってねぼけんなオレ!!!今はこっちが現実じゃんか!!」
倒れていたギンタ君が急に大声を上げ復活し、そのまま先程まで存在していなかったトマト頭に視線を走らせます。
「!…1人増えてる!お前も、チェスの兵隊か!!」
「なんだ?あの小さいトンガリ頭」
「オレっちの右腕折ったギンタっていうんだぜ!!」
折れた腕を抑え嬉しそうに語るイアンを見て、あの人マゾですか…とは思いません。
それにしてもイアンの右腕をギンタ君はへし折ったのですか…方法は知りませんが素直に尊敬します。
「……冗談だよな?」
「マジ!!」
「ひゅははははははははははは!!!アランじゃなくてあの子供に!?ひゃはははははは!!!面白い!!ナーイスイアン!!そのネタ最高!!」
よほどツボにはいったのか、トマトはいつまでも笑い続けています。釣られてこっちまで笑いそうになる位に。ありえないでしょうがこのまま笑い死んでくれないかと少し期待してしまいます。チェスの兵隊、トマト、笑いすぎて窒息死。
笑えませんね?
視線をギンタ君に移すと馬鹿にされた反動で今にも飛び掛からん勢いでキレ筋を浮かばせ拳を震わせていました。堪えるんだギンタ君。
「マジネタだとしたら…どうするよハロウィン?」
おっさんの一言でようやく笑いがピタリと止まりました。少しだけ沈黙に包まれます。どうでもいいですがトマトなのにハロウィンですか、ハイセンスですね。
「小僧。何者だ」
「ギンタ!!チェスの兵隊はメルヘヴンをメチャクチャにしようとしてんだろ?だから戦ってぶっ倒す。覚悟しろ!」
「ぷっ…ダメだ…やはり笑いがこらえられないっ」
「バッボを使ったのです」
再びあの妙な笑い声を上げる前にロコちゃんが冷静に事実を語ります。
「バッボぉ?おーっ!ペタの言う通りだ!!ファントム以外の奴に使われるなんて冗談だと思ったぜ!!そいつに少しなついちまったのかバッボ?帰って来い!ホレホレ!!」
今の言葉でバッボが怒り、それに訳がわからないと言った顔をするトマト頭に記憶がとんでいるとイアンが説明を入れました。
「お前らギンタをなめない方がいいっスよーっ!!ギンタ、それにミツキは異世界から来た人間なんスからねーっ!!!」
なんて事を言いやがったのでしょう。只でさえ寒いこの場の空気がさらに凍りました。ジャック君に悪気は無かったのでしょうが少々面倒な事になりそうです。あと人の名前をベラベラ相手に打ち明けないで下さい、伏せてた意味が完全に無くなったじゃないですか。ミツキは怒っています、ロコちゃんの真似です。
イアンとスノウ姫はさっぱり訳が分からない様子、エドのおっさん、ロコちゃんは何かに気付いた様子。
「あ……アレ?やっぱ信じてもらえない?」
「それは……本当の事かァ?」
トマト頭の酷い形相でジャック君が大袈裟に後ずさり、やりすぎて壁に頭をぶつけてました。先程得意気に情報をベラベラ流した彼は何処に行ったのでしょう。
「本当だ!門番ピエロでここに来た!!」
「忘れた、って事にしました」
「ヒュハ…ヒュハハハハハハハ!!異界の住人…!!しかも二人…!!あの男とおなじか!!それならばイアンの腕を折るのも理解できるか」
「ロコが今倒します!いいですか?」
「指令は『全員、城に集結』!それ以外、今は許されない。『姫様を連行する』のも『バッボをもち帰る』のも次にまわさなくてはならない!『異界の住人を殺す』のも同様だ!しかし……ヒュハハハ……」
今回も面白い戦争になるかもなァ………ヒュハ……ヒュハハハハハハハ!!!
笑い声をいつまでも響かせながら、チェスの兵隊達は嫌な予感を置き土産にその場から消えました。あとなんかギンタ君が「逃げんのかチェスーっ!!」とか叫んでいましたが今は逃げてもらった方がいいので余計な事言うの止めて下さい、気が変わって戻ってきたらどうするんですか。
「イヤな予感がすんなァ。あっさり引き下がりやがって……!!」
「同感です」
「あのっ」
声のする方向に顔を向けると今まで蚊帳の外だったスノウ姫がこっちを見て少しだけ首を傾げていました。
「はじめましてっ。スノウっていいます!助けてくれてありがとう!」
そうですね、スノウ姫も無事でしたし取り合えずここは一軒落着って事でことを済ませましょう。
雪もすっかり溶けたようですしね。