04 | ナノ


 職質を受ける人間は、見るからに挙動不審な奴らしい。確かに辺りを見回しながら歩いているような人は怪しいだろう。だから、例え何かやましいことがあったとしても、至って普通にしていれば案外バレないものなのだ。
 中学の時友達から聞いた豆知識を頭の中で思い出しながら、私は見慣れた道を歩いていた。燦々と射す陽の光は私の背中を押してくれているみたいだ。
 朝から痛い頭を治してくれそうなくらいぽかぽかな陽気に包まれながら、女子生徒達の笑い声を聞く。いかにも品の良い、お嬢様な笑い方だ。
 膝下15cmはある、プリーツの付いた真っ白いスカート。折り目正しい襟に染み一つないリボン。皆一様に同じ着こなしだ。
 初めの頃こそ私の姿に驚いていた彼女達だが、今はもう何も言わなくなった。まあ男子生徒達は未だに裏で言っているみたいだが。
 住む世界の違いを全身で感じながら段々と近づく門を見つめる。落ち着くのよ、ナマエ。緊張を悟られてはいけない。あくまで堂々と、胸を張っていればいいの。
 無駄に豪華な正門まで、あと数メートル。ちらりと周りを見て、生徒の中でも一際大人しそうな子達の後ろに並んだ。少しでもカムフラージュをしようという魂胆だ。
 仁王立ちで挨拶をする男とは目を合わせないように、そっと通りすぎればいいの。体調の悪い日には絶対に会いたくない人間だ。大丈夫、気づかれない。大丈夫大丈夫大丈夫……

「おい待てそこの女」

 変な人に声をかけられたような気がするけど、ガン無視一択しかない。

「おい、てめぇだよ」

 前の女の子達に「今日のランチって何だったっけ?」とか聞いてみたりして、ナチュラルな感じにこの場を切り抜けよう。

「おい糞ビッチ」
「誰がビッチじゃ!」

 麗しい朝には不適切な言葉に振り返ってしまった。それをこの男が見逃す筈もなく、私の右腕が信じられない程の握力で掴まれる。

「っ……痛い痛い痛い! 放してよ馬鹿力っ」
「キャンキャン喚くなクソが」
「じゃあこの手を放せーっ」
「放すわけねぇだろ、アホ」

 私の天敵、リヴァイだ。学年は上なのだから正確には先輩を付けなければいけないが、知ったこっちゃない。
 どうにか逃れようと身体を捩ると、男は涼しい顔でポケットから定規を取り出した。1mmの歪みもない、プラスチック製の定規だ。
 不自由な体のまま視線で彼の手を追う。それは高く振り上げられ、そのまま――――私の太股を叩いた。
 パァンっと良い音が響き、少し遅れてやってくる鋭い痛み。

「……ったぁぁぁい!!」
「――膝上15cm。校則に違反している。おつむが残念なビッチは膝下と膝上の区別もつかねぇのか」

 ジンジン痺れる太股に今度は目盛りの部分をあて、膝頭からスカートまでの長さを計られた。

「触んないでよこの変態っ」
「ボタンは第一まで閉めること。リボンの着用は必須。音楽プレイヤーなど学校に必要のないものは持ってくることを禁止する」

 厳しすぎる校則を淡々と読み上げながら、無遠慮にも男は私の制服を正していく。第二まで開いたボタンを一番上まで閉め、どこから出したのか学校指定のリボンを付け、今流行りの洋楽が流れていたイヤホンを引っこ抜かれた。片手で器用なものだ。器用過ぎて気持ちが悪い。
 『風紀委員長』という腕章が付いた腕が私のスカートに伸びた。私はもう抵抗をせず、リヴァイも私の手を放している。
 ふふふ、このスカートを正せるものなら正してみなさい!
 勝ち誇った笑みで見れば、その男は私のスカートを長く戻そうとカーディガンを捲った。しかしそこには、折ったあとはない。なぜなら、

「……てめぇ、切りやがったな」
「初めからこうすれば良かったのよ。これでもう手出しはできないでしょう?」

 ただスカートを折って短くするだけだと元の長さにされてしまう。だったら元の長さを短くしてしまえばいいんだ!
 真っ白いスカートに鋏を入れることに対しての抵抗はなかった。これでリヴァイを出し抜けたのだ。

「………………」

 リヴァイが何も言わず、ポケットに手を入れた。ふふん、今さら何をしたってこのスカートは元には戻らないのさ!
 この風紀委員長の悪あがきを受けてやろうと、上機嫌でその手を見つめる。取り出したのは……

「マッキー?」

 黒い油性ペンだった。
 何をするつもりだろうと訝しんでいると、リヴァイがおもむろに私の手を掴み直した。そしてそのまま、私の脚に先端を当てる。唐突な出来事に頭がついていかない。

「えっちょっ、待っ……」

 くすぐったいような不思議な感触と共に、黒い線が引かれていく。スカートよりも下に、真っ直ぐと。
 ペンが離れたとき、私の太股にはくっきりと線が書かれていた。

「これを見せるのが嫌ならそのスカートをどうにかするんだな」
「――――っ!」

 にやにやと笑いながらペンをしまい、リヴァイが顎で校舎を指す。壁に付けられた時計はもうすぐホームルームが始まる時間を示していた。
 遅刻は回避しなくては、と怒りを抑えて足を進めると、リヴァイが思い出したように振り返った。これ以上私を辱しめるつもりか。ナマエ、といつバレたのか私の名前を呼ばれたため、嫌々目を合わせる。
 リヴァイがにやり、とこいつは本当に金持ちのお坊っちゃまなのかと疑う程の笑顔を浮かべた。第一、この男は言葉遣いが悪すぎるのだ。
 彼の指が私の脚を指差した。

「お前、熱あるんじゃねぇのか」
「え?」
「内腿、熱かったぞ」

 さらっと意味のわからないことを言われ、わかるまでに時間がかかった。
 乙女の柔肌に触れておいて何が熱かったぞ、だよ!!
 事態を理解して顔を赤くした時、チャイムの音が高く響いた。とりあえず保健室に行こう。





 太股チェッカー・リヴァイ(今名付けた)との戦いは、終わるところを知らない。

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