04 | ナノ





 起立、気を付け、礼。今日の会議はこれで終わりです、お疲れさまでした。そう言った委員長の先輩にお疲れさまでした、と言ってかばんを持ってすぐに教室を飛び出した。後ろで委員会の先生の走るな! という怒鳴り声がしたけれど、無視して階段を駆け下りる。最後の三段を飛ばしてジャンプするとプリーツスカートが大きく捲れた。着地する前に一階の廊下にいる男子生徒と目が合う。

「ナマエ、危ないよ」
「ごめんアルミン、急いでたから」
「まだ帰ってなかったんだね」
「うん、委員会の会議が長引いちゃって」
「そっか。エレンは?」
「いつものところ」
「待ちくたびれてるだろうから、早く行ってあげて」
「もちろん! じゃあ、また明日ね」

 アルミンに手を振って下駄箱で急いでローファーに履き替える。上履きをちゃんと仕舞って昇降口から校門まで一気に走り抜ける。急げ、急げ。エレンが待ってる。

 メールで今からそっち行くね、と送ると駅前で待ってると返信が来た。改札口にいるエレンを見つけると、私は一旦立ち止まって乱れた髪の毛と呼吸を整える。それから小走りでエレンの元へと向かう。

「エレン! ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、むしろ早いくらいだったぞ。学校から走ってきたのか?」
「うん。早く会いたかったから」
「……昼休み会っただろ」
「あんなちょっとの時間じゃもの足りないよ」
「髪ボサボサ」
「ほっぺた冷たい」

 撫でるように私の髪に触れるエレンに、我慢できなくなって私も手を伸ばして少し赤くなった頬に触れる。走ったせいで熱くなった手のひらの熱がエレンの冷えた頬を暖められますように。そんなことを考えていると、両手はすぐにエレンに掴まれて下ろされてしまう。えぇ、と不満を言おうとした矢先、そのままエレンが私の左手をとったので不満はすぐにどこかへと飛んでいってなくなった。

「寒いから早く帰ろうぜ」
「うん」

 改札で一旦離されてしまう手が淋しいけれど、そこさえ通ってしまえば家に着くまでずっとエレンと手を繋いでいられる。私の手とエレンの手の温度が合わさってちょうどいい。階段を上って、二人並んでホームで電車が来るのを待つ。発車標の文字を見つめて、次の電車がいつ来るのかを確認しているとエレンがなぁ、と言った。

「前から思ってたけどスカート短すぎやしねぇか」
「そうかな? でもこれくらいの方がかわいいよ」
「もう少し長くしろよ、寒いだろ」
「そんなに言うなら、長くしようかな」
「あぁ、そうしろ」

 でも多分またすぐに短くなると思う。エレンにまた短いから、長くしろよって言ってほしくてきっと私のスカートは明日は長いけれど、明後日にはまた短くなってるだろう。
 まもなく三番線に、とアナウンスが流れてすぐにホームに電車がやってきた。私とエレンの家は同じ方面だけれど最寄駅は四つも離れている。私の家の方が学校から遠いので、エレンは一旦私を家まで送り届けてから、また駅に戻って電車に乗って自分の家まで帰る。今日みたいにどちらかに用事があるときは、駅前で待ち合わせてから帰る、という決まりだ。週末のデートとは違ってとっても短いデートだけれど、だからこそ毎日エレンと手を繋いで帰るこの時間がとても大切で愛おしい。学校だってこのために行ってると言っても過言ではない。
 いつもの時間帯よりも人が少ないから、二人でシートに座る。車内は暖房が効いていてとても暖かい。つい心地よくなってエレンの肩に寄りかかると頭のすぐ上からエレンの声がする。

「眠いのか?」
「うん、眠たい」
「寝てていいぞ。着いたら起こしてやるから」
「うん……」

 大きくて、少し硬くて、誰よりも私を安心させてくれる、幸せにしてくれるエレンの手が大好きだ。さっきよりもきつく握られた手のひらの熱を感じながら私は微睡んだ。

「ナマエ、起きろ。もう着いたぞ」

 そっと肩を揺すられて、目をうっすらと開けると反対側の窓から私の家の最寄駅の名前が見えた。まだぼんやりしている私の手を引いて、エレンは立ち上がった。電車を降りて、また改札口を出ると外はもうすっかり夜だった。冷たい風が吹いて、むき出しの耳と右手と太ももが寒くて思わず私は身を震わせた。

「さ、寒い」
「そんな短いスカート履くからだろ」

 だって、と言うとエレンが私を見て深いため息をついた。白くなった息が空気に溶けていく。

「交代な」

 そう言って、エレンは私の左手を放してその代わりに右手を掴んだ。さっきは私の手の方が熱かったのに、今じゃすっかりエレンの手の方が温度が高い。
 右手と左手を繋いで見慣れた本屋やコンビニや住宅街を通って、家を目指して歩く。もう何遍も歩いた道だけれど、エレンとならいくらでもいつまででも歩いていたいと思える。だから、私は家に着く瞬間いつも、もう着いてしまったのかと少し悲しくなる。

「もう着いちゃった……」

 入学したばかりのときはなんて遠い道のりなんだろうって思っていたのに、エレンと帰るようになってからはなんてあっという間なんだろうと思うようになった。

「ほら、寒いから早く家の中に入れよ」

 エレンがそう言うけれど、どうしても家に入ってしまうのがいやでその場から動けずにいた。

「おい、ナマエ。聞いてるか?」
「エレンにいつも送ってもらってるから、たまには私がエレンを家まで送るよ」
「は? 何言ってんだよ、俺の家ならもう過ぎただろ」
「だからもう一回駅まで戻って電車乗ってエレンの家まで行こう」
「なんだそりゃ……ここまで送った意味がなくなっちゃうだろうが」
「だって、まだ帰りたくないんだもん」

 私がそう言うと、エレンがただでさえ大きな目を見開いた。驚いたのか言葉を無くしてそのまま私を見つめる。それから視線を少し横にずらして、一瞬考える素振りをして、繋いだ手を軽く引いた。そのままエレンとの距離が縮まる。私の頬にエレンの指先が触れて、あ、と思ったらキスされていた。熱い唇に、身体の体温もどんどん上がっていく。少し経ってから唇が離れて、閉じていた目を開くとエレンのはっとしたような顔が見えた。

「あ。……悪い、なんかしたくなって」

 なんかしたくなって、の言葉に私は恥ずかしくなって俯いた。エレンが普段キスなんてなかなかしてくれないのに、いきなりするからだ。しかも、なんかしたくなって、だ。冷たかった頬が一気に熱くなる。そんな私の気持ちなんて知る由もなく、エレンは私の手を引いてまた歩き出した。

「俺もまだ帰りたくないから、このままどこか行くか」

 私に背中を向けたまま、エレンが言う。短い髪の間から覗いた耳が真っ赤になっているのに気づいて、胸がきゅっとなって、ああもう本当に大好きだなと思う。

「行きたいところ、あるか?」
「エレンとなら、どこでもいいよ」

 私がそう言うとエレンが笑った。きゅっと指先に力が入る。エレンがこうして私の手を引いてくれている限り、冷たい風がびゅうびゅう吹いて身体を冷やしても、夜が深くなって顔がよく見えなくなってしまっても、終電を逃して帰れなくなったとしても怖いものなんて何もない。

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