03 | ナノ





 ほうっと、息をついた。白いもやが、自分を囲むように表れる。それを見て、憂鬱な気分になった。ああ、きっと隣に座る友人の言葉のせいだ。

「将来の夢?」
「そう、夢。この前、小学校の時に書いた作文を見つけてさー、懐かしくなっちゃって」
「ふうん、将来の夢ねえ……どうせ可愛いお姫様になりたいです、とかでしょう」
「え、何それ。あんたの中の私のイメージはどうなってんだ」

 ひどーい、頬を膨らませる友達を宥めながら、私は心にあいつを思い浮かべていた。
あいつと私は、保育園が一緒だった。けれどそれ以降は接点が無かった。だからもう会わないと思っていたのに、何の因果か同じ高校に入学していたのだ。
 それを知ったのは高一の十二月のこと。ばったりと図書室で会ってしまった。私は全く気がつかなかったのに、相手はそうではなかったらしい。名前を呼ばれ、振りかえった先にいたあいつは、無邪気に笑っていた。久しぶりだな、元気にしてたか? まあまあかな、そっちは? ん、俺もかな。 へえ、そう、でもよく気づいたね。 当たり前だろ、俺らよく一緒にいただろ。
 そこからまた私たちの付き合いは始まった。あの頃は知らなかった幼馴染がいたことに驚いたりもした。
 ぎゃーぎゃー騒ぐあいつとその友人たちを見て、変わったなあとか感傷に浸ったりした。根元の部分はちっとも変わってなかったけど。小さなことで笑って、怒って、焦って。何より笑顔が変わってなかった。
 ……違うな、そうじゃなくて、

「おーい、私の声聞こえてるかーい?」
「ああ……うん。聞こえてるよ」
「どうしちゃったの、一体」
「何でもないよ。……あ、私これから塾だから、もう行くね」
「うん、じゃあね。何かあったらちゃんと連絡しなさいよー」

 手を振って別れる。これから塾かと思うと、足取りは重くなっていく。親に言われて通っているけど、私は何がしたいんだろう。
 ――あなたは、何がしたいの? 将来の夢とか、ないの?
 お母さんのその一言が、重くのしかかる。一人ぼっちの世界で、誰にも会えない、そんな疎外感とか孤独感がする。今更ながら自分がよくわからないや。
 なんでこんな時にあいつの顔が出てくるのだろう。意味、わかんない。

「あ!」

 求めていた声に、顔を上げた。

「……エレン」
「おう、こんな時間に何やってんだ?」
「ああ、塾だよ塾」
「うわ、何でそんなに勉強してんだよ……」
「何でって言われてもなあ……。エレン、あんたはちゃんと勉強してるの?」

 顔をしかめているのを見て、ため息をついた。ばか、しなくちゃだめでしょ。エレンは医者になりたいと言っていたから、相当な努力が必要なはずなのに。いいのか、それで。

「いや、ちょっと父さんと喧嘩しちまって……」
「へえ、家出してきたの」
「……まあそんなとこだ」

 近くのベンチに座ったエレンに、自販機で買ったココアを渡す。自分の分のココアを手の中で転がす。あったかい。エレンの隣に座り、温かいうちに喉に押し込んだ。

「なあ、塾行かなくていいのか?」
「一日ぐらいサボってもバレないよ」
「……なんか、悪りぃな」
「気にしないで」
「……なんかさ、よく分かんなくなってきたんだよ」

 ぽつり。零した言葉に、私は彼を見た。彼の横顔はどことなく大人っぽくて、一瞬ヒヤリとした。そして私は悟ったのだ。ああ、彼は、大人になろうとしているんだ。でも、その意思に、心と体が置いてけぼりをくらっている。難しい顔をして、必死に歩調を合わせようとしている。
 私はそのことに少しだけ、安心した。そっか、こいつも変わったのか。

「別にいいんじゃない? そういうのって、今だけの特権じゃない。いずれ私たちは大人になって、嫌でも分からなきゃいけない時がくるんだから、さ」

 私はエレンに言い聞かすと同時に、私自身にもこの言葉を投げかけた。そう、今だけなんだから。こうやって悩んで、不安になって、泣きたくなってしまうのは。
 ぱちぱちと目を瞬かせて、それからハッとしたように彼は立ち上がった。私があげたココアを上着のポケットに乱暴に突っ込んで、笑顔をつくった。

「そうだよな、今だけなんだよな。俺たちが大人になるころには、もう味わえないことだ。……俺、家に帰って父さんに謝るよ」
「うん、いいことだと思うよ」
「おまえも、今からでも塾行けよ」
「えー……」
「なんだよ。おまえ、言ったじゃねえか」

 照れ臭そう笑う。あ、変わってない。違う、違うなあ。私が、変わってしまったんだ。いつからか、彼の笑顔が眩しいと感じてしまうくらいに。ねえ、それも、今だけなのかな。そうだといいなあ。

「今だけの特権、だろ」

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