03 | ナノ


「あーあ、悪い子だよね」

 言葉文字に記せば笑ってる様に見えるかもしれない。確かにこの人は笑ってるけど笑ってない。奥底からめっきりと冷えている笑いだった。後悔と恐怖が一気に襲ってきた。ああどうしよう。

「ねえ、駄目じゃんか? 私とのお約束忘れちゃったの?」
「え、と、その、う、」

 ナマエさんの言葉に返したい言葉は単語にすらならなくって。焦燥感で冷や汗が額から浮き出て流れる。ねえ、ごめんなさい。って言わないと。許して貰えない。ああどうしよう言葉にならない。

「私みたいな女はいらないんでしょ? あんな子に構っちゃって、ねえ別にいいのよ? 別れたって、ねえ? 毎日毎日私のメールにも電話にも出なくって、心配して体調崩したかと思ったら他の女の子と遊び歩いてました、って? わっらえない話よね、イェーガー君? そう思わない? 健気に健気にあなたの帰りを待っていたのに、夜遅くまで何度もご飯暖め直して、布団もあなたが帰ってきた時に気持ちよく寝れる様にふかふかにしたのに? もういらないの? 邪魔なだけ?私はただの、金づる?」

 弾丸の様に次々と的はずれな言葉を繋ぐその口を今にも塞いでしまいたかった。違うのに、違うのに、否定できない。違うのに、勘違いしないで、俺は、あなたが好きで。好きで。好きでやったのに

「ちが、ほんとに、ちがうんです、ごめ、なさい」

ナマエさんの足に縋る様にしゃがみこんで両手で強く掴んだ。

「なにが違うの? 違わないよ、だって私見たもん。貴方が他の子とキスしてるの」

 違わないよね、決定的な事実だよね、そう言ったあなたの顔は笑っていた。眉間にしわを寄せて苦しそうな顔をしてた。でも突きつけられた事実は本当のことだった。でも、でも、でも違うのに。別にあいつが好きだったんじゃないんだ。あんな女好きじゃないよ。ただただただ、ただただナマエさんに嫉妬してもらいたくって。ごめんなさいごめんなさい捨てないで貴方がいないと生きていけないからごめんなさい行かないで他の奴のとこになんて行かないで、ください

「あなたは学生。私は社会人。何か隔てるものはあった? 年の差? 理解できないことでもあったの? 私に何か不満でもあったの? 私、ちょっと辛かったなあ、私ユミルちゃんから聞いたんだよ。あんたの彼氏は浮気してんだぜ、ってね。優しいよねユミルちゃんって、私、このこと知らなかったらあなたにうっかり結婚届渡してたかもしれなかった。私そんな馬鹿な女演じるつもりはないよ、だから茶番はもうお終い」

「や、ですいやだ、やだ、やだ」
「別れようよ」
「いや、です! 行かないで! 俺、ナマエさんがいないと生きてけないんですっ! だから、だから……捨てないで、ください」

 行かないで。ねえ名前を呼んでよ俺の名前を、ねえ

「わっるい子だね。私捨てて、他の子と遊んで許してって? 甘いんじゃない?」
「やだ、やです、捨てないで」

 足に縋った。きつく両手で結ぶ様にしがみつく。縛るものがないときっとあなたはどこかへ飛んでいくでしょう だって今も俺から逃げようとしてる。あなたは俺の隣で笑って貰いたい。

 俺が帰ってきた時には暖かい家の中で美味しそうな料理と一緒に笑顔で待ってて欲しい。俺が早く帰った時には美味しく料理を作ってあなたに振る舞うから。掃除だってなんだって頑張るから。他の男があなたに近付かない様に、俺があなたの中で一番素敵な人ってなるように頑張るから。

「ばいばい、さよなら」

 その言葉にナマエさんの顔見上げれば水が零れてきた。あれ涙じゃないのかこれ。なんであなたが泣いてるんですか。俺が泣きたいのに。馬鹿。捨てないで。俺、いい男になるから。あなたを受けとめられるぐらいの男になってやるから。

 泣くぐらいなら別れないでよ、捨てないで




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