03 | ナノ





 クラスに数人はいる、不良っぽい人たち。私の右隣の席のジャン・キルシュタインくんもそのうちの1人だ。まず見た目からして不良。ネクタイをゆるめて、腰パンして、髪はワックスでつんつん、時々香るのは香水かな。あと……目はつり目で怖い。授業は寝てるかサボるかなのに成績はいつも上位。陰で努力するタイプなのか元々できるタイプなのか……これは見かけで判断できない。よく喧嘩してる。特にエレン・イェーガーくんと。イェーガーくんは馬面って言ってるけど、私はかっこいい方だと思うなぁ。口は悪いけど、それなりに友達はいるみたい。でも真面目なマルコ・ボットくんとよく喋ってるのは謎。

 まぁそんな不良っぽくてちょっぴり近づき難いジャンくんなんだけど、そりゃ……私の家のケーキ屋で、幸せそうな顔でショートケーキを食べているのをガラス越しに発見したら……三度見するよね。

 いやいやいやいや。いつも不機嫌そうに椅子に座ってふんぞりかえって足組んでぶっすーってしてるジャンくんが? 女の子みたいにケーキ食べてあんな笑顔に? ……見間違いじゃないかなぁ? と四度目の視線を寄越すと……案の定、あの髪あの顔あの制服、やっぱり隣の席のジャンくんでした。

 私はとりあえず家の裏口に回って身を隠す。……まずい。なんかまずい。あれは、きっと見ちゃいけないものだ。知っちゃいけないことだ。よし、今日は店の手伝いやめよう。混乱してるわりにはすぐ結論が出たので、調理場に繋がる裏口のドアを開いた。

「ただいまお父さん私今日は」
「あーナマエ! やっと来た! 今日ホールケーキの予約沢山入ってなー、すぐ喫茶スペース行ってくれ」
「……………はい」

 だめでした。忙しいのに断るほど酷い娘じゃないよ……。もう仕方がない。ジャンくんといかにエンカウントしないかに努めよう。私はシャツとジーンズに着替えて、渋々表の喫茶スペースに歩を進めた。

「おっナマエ」
「あーユミルお疲れ……」
「なんだよお前がお疲れじゃねーか」

 バイトのユミルがいたことに少し安心しながら、エプロンを身に付ける。ユミルは他校だからジャンくんを知らない。私もそうだったらどんなによかったことか。そんな事を考えていると。

「まあいい。私もう上がるから」
「……えっ」
「クリスタと外食しにいくんだよ! じゃ、この紅茶3番テーブルによろしくな」
「なっ……ちょっ待っ」
「お疲れ〜」

 ひらひらと手を振ってスタッフルームに消えていったユミル。1人フロアに取り残された私。目の前にはすでに紅茶が入ったティーポットとカップ。3番テーブルには黙々とケーキを食べるジャンくん。

 ……わかりましたよ!! もう!! しらない!! どうにでもなれ!! ジャンくんが私なんかに気づくはずないもんねー!!!! ヤケになった私はトレイに素早くポットとカップを並べると勇み足で、でも内心心臓バクバクで、ジャンくんのテーブルに近づく。

「お待たせ致しました、アールグレイになります」
「、どうも」

 ことり、とテーブルにトレイを置くとジャンくんはフォークを止めて、私を見上げる。

「ごゆっくりどうぞ」
「……」

 早く退散したくて仕方ないけど、接客はきちんとしなければ。そんなー見つめないでくれー鋭い目から放たれる視線が痛いよー。

「おい」
「……はい?」
「お前隣の席のミョウジだよな」
「………………」
「なあ゛?」
「ハイ」
「ここ座れ」
「ハイ」

 さっきまでの笑顔はどこいったの!

 生憎他の席は空席で、お客さんも来る様子もないので、私はジャンくんの向かいの席に座るしかなかった。あんなドスのきいた声初めて聞いたよ。長いのか短いのか分からない恐怖の沈黙を破ったのはジャンくんでした。

「言うなよ」
「ハイ」
「……何がかわかってんだろうな」
「ハイ。学校ではクールなキルシュタインくんが実は甘いもの好きで甘いもの食べてるときは別人のような笑顔になる事は誰にも言いません」

 正直に答えた。ばかやろう、正直すぎて鉄拳とか飛んでくるんじゃないの。ちらりとジャンくんを見ると予想外に険しい顔をしている。

「……オイ、俺そんなに気持ちワリぃ顔してんのか」
「えっ……む、無自覚……」
「あ゛?」
「いや、あのっ、気持ち悪くないよ!! 全然!! その、……私んちのケーキでそ、そんなに喜んでもらえるなんて、う? 嬉しくて? だからね、言わないよ!! 絶対言わないから!!」

 とっさに出た言葉はかなり理由にならないような言葉だったけど、案外本心なのかもしれない。変な笑いを浮かべている私に、ジャンくんはぽつりと零した。

「言わねぇならいい。……まぁ、ここのケーキは美味いぜ。特にショートケーキな」
「…………えっキルシュタインくんよく来るの?」
「週1」
「……まじで」

 さっきから意外な事ばっかりあるからもしかして夢なんじゃないのかと手の甲つねってみたら、とても痛かった。だって、まさかそんなに頻繁にこの不良さんが来店なさってたなんて。しかもケーキ美味しいって。

 んーでもやっぱり、……嬉しいなぁ。自分の家のことが少し誇らしく思えたし、何より不良っぽくて怖いひとだと思い込んでたんだけど、

「……言うなよな」
「言わないよー。でもさ、」
「なんだよ取引かよ」
「違うよ!! ……また、来てね」
「……おう」

 照れちゃったりして、なんか可愛いし。

 再びフォークを手に取りケーキを食べ始めたジャンくん。その顔はまた、幸せそうな笑顔に戻っていた。
 なんだか、思い込みのせいで必要以上にビビってしまった。誰だよジャンくんの不良っぷり誇張した奴。……私か。まぁいざ喋ってみると、多少は怖いものの甘いもの好きなただの男の子だし。もーこんな可愛いギャップあったら誰にも言わないよ安心して!
 私はにやにやしてるのを悟られないように、静かに席を立った。

 ひとって本当外見だけじゃわかんない。よし、今度新作できたら真っ先に教えてあげよ。ジャンくん、どんな顔するかな!

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