03 | ナノ


 真っ白な進路調査表を前に私は溜め息を吐いた。時刻は5時半。提出期限はとっくに過ぎている。高3にもなって進路が決まっていないのはヤバイと思うし、私だって夢のひとつくらい欲しいとは思っている。けれど、夢を決めろと言われてもそんな簡単にはいかないのが現実で。

「早くしろよ。腹減ったし帰りたい」
「そんな事言われても……。ジャンと違って夢とかないんだから、どうしようもないでしょ」

 確かジャンは東京にあるレベルの高い大学に行くと言っていた。ジャンは頭がいいから、きっと受かるだろう。そしたら、遠距離になってしまう。
 暇を持て余した指でシャーペンをくるくると回す。カタン、といって机の腕に落ちた。

「私もジャンと同じ大学に行きたいなー」
「お前の頭じゃ無理だろ」
「そんなこと、」

 ないとは言えない。私の成績は毎回真ん中くらいだし、ジャンは上位だ。今から勉強したところで受かりっこないのは目に見えている。もっと勉強しておけばよかったなんて、今更。
 窓の外は夕日が傾いていてもうすぐ教室が閉められる時刻を示している。これ以上待たせるとリヴァイ先生怒るだろうなと思うのは一瞬だけ。

「お前さ、なんか夢とかねえの? 教師とか医者とかよ」

 夢なんて叶う保障はないのに。ひねくれたことを言ったらきっとジャンが怒る。

「私はジャンのお嫁さんになりたい」
「ハァ!? おまっ……何言ってんだ!」

 顔を真っ赤にしたジャンは私の頭を叩く。痛い。
 ジャンのお嫁さんになりたいというのは嘘ではない。ジャンはかっこいいし素敵だし、いい旦那さんになると思う。ジャンの横なら、きっと幸せだ。

「ジャンは嫌? 私の旦那さん」
「……嫌じゃ、ねえけど……そういう問題じゃないだろ!」

 進路調査表にそのまま書こうとする私の手をジャンは必死に止めた。そりゃあそんなことを書いたら先生に怒られるかもしれないけど、それが私の将来の夢なんだから仕方ない。
 照れているのか赤い顔をしたジャンはポリポリと自分の頬を指先で掻いて、あーだこーだと呟いた。

「楽しそうじゃない? 私が朝ごはん作ってさ、ジャンがスーツ着てて、いってらっしゃいってちゅーするの」
「ちゅーって……」
「おかえりなさいって言って、一緒に夕飯食べて一緒に寝るの」

 頭の中に思い浮かべる未来はきらきらと輝いている。それをひとつひとつ言葉にしていくと、現実味をおびているような感じがして気持ちいい。憧れている未来は、案外近くにあるのかもしれない。

「それが、私の夢」

 言っていて恥ずかしい気持ちもあるけど、それよりもジャンに伝えたいという気持ちが勝っていた。
 口角を持ち上げれば、ジャンは私の手を握る。温かい。真剣な瞳に、私は吸い込まれそうで。

「その夢、俺が叶えてやるよ」

 社会を知らない学生の、甘い夢。そんな夢と本気で向き合ってくれることが嬉しかった。
 また一歩、夢に近づいた気がして。

「でもそんなこと進路調査表には書けねーよ」
「ですよねー」

 また振り出しに戻ってしまった。溜め息を吐いてシャーペンを握り直す。やりたい仕事もないし行きたい大学もない私には、至難の業だ。

「ここはどうだ?」

 大学一覧表を見ながらジャンはある大学を指差す。なるほど、そこなら私でも入れそうだ。まあ少し勉強が必要だけど。

「でも何でここ?」
「……俺の大学と、近いんだよ」

 気恥かしそうに目をそらして、耳を赤く染める。わかりやすいのが、彼のいい所だ。私としても、卒業してもジャンの隣にいられるのは嬉しい。

「じゃあここにする!」

 へらへらと笑って、私はシャーペンを動かした。嬉しそうに笑ったジャンを見て、私も嬉しくなる。これから先の将来を考えると、楽しみで夜も眠れそうにない。

「リヴァイ先生に出してくる。待ってて、一緒に帰ろ!」

 ジャンの肩を支えに背伸びをして、私はジャンの薄い唇に自分のそれを重ねた。


(明るい未来に、魅了されて)


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