03 | ナノ


「これはどういうことだ」

 机の上に叩き付けられるようにして出されたのは一枚の紙切れ。目で追うと、紙の上段には進路希望調査と書かれていた。今朝方、先生に提出したばかりのプリントであった。……ああなんだこれか。一気に興奮が冷めていくのが自分でもわかった。放課後に呼び出されたものだからなにかあるのかと少し思ってしまったが、現実はそう甘くはない。わかっていたはずだ。しかし、少なからず期待をしていたのも事実なわけで。八つ当たりとばかり「本心ですが」とやや棘のある言い方をし、ふてぶてしい態度を取る。

「これが、か」

 眉間の皺を更に深めながら先生はトントン、とリズムカルな音をたててリヴァイ先生のお嫁さん、と書かれた部分を指差す。

「これがわたしの夢で、本心です。以前から仰ってるじゃないですか。わたしは先生のことが、す――」
「それ以上口を動かせてみろ。親に見せるぞ」

 好きと続けようとした言葉は先生によって遮られた。そこまでしてわたしの好意を聞きたくないのだろうか。悔しさと悲しさが湧き上がる。それを内へと押し留めるかのようにスカートの裾を握り締める。依然、意見を曲げる気もない上、不機嫌な態度を貫くわたしに先生は深くため息を吐く。心底呆れた様子で。

「……何度も言うが、おまえはまだ若い。おれみたいな三十の男を相手にする必要なんてねえ」
「歳なんて関係ないです、」
「関係なくねえよ。おまえはまだ若い上に無知だ。今のおまえの言葉はガキンチョ共が愛を囁きあっているのと同じだ」
「…………」
「これから先、おまえはいろんなやつと出会う。そんな中に恋仲になるやつも出てくるだろうな。そのとき、おまえは今の自分を顧みてこう思うはずだ。あれはおままごとだった、とな」

 先生の言っていることがすべて間違いだとは思えなかった。確かにわたしは先生に比べ半分ぐらいしか生きていないし、今まで学校という社会でしか生きてきていない。だから無知と先生が指摘するのもわかる。それに先生の言う通り、高校を卒業した後のわたしの世界は更に広がりを見せるだろう。そこで様々な人と出会うはずだ。それこそ、恋仲になるかもしれない相手とも。そうした出会いと経過の中で経験を積み、刺激を受け、知識を深め、思考や性格や立ち振る舞いなどが変化していくかもしれない。

 それでもやはりわたしは、

「……もう喋るな。おまえは成績がいい。目指す場所がどこであれいけるだろう。だから、こんなふざけたことはここまでにしとけ」

 懇願に似た声色を吐き出す先生を前に、出かけた言葉を嚥下する。違う。こんな顔を見たいはずじゃなかった。なんでこうなるんだろう。わたしはただ先生が好きなだけなのに。勉強をがんばったのだって、少しでも先生の視界に入りたかっただけ。友達との遊びをすべて蹴って、嫌いな勉強をがんばって、実力主義者な先生に認めもらおうとあがいた。なのに、これだ。先生を困らせている。本末転倒もいいところだった。

 そう自覚しても尚、わたしは先生を諦めようとは思えなかった。なんて意地の悪い女なのだろうと客観的にも思うが、こんなところで躓くぐらいの想いならとっくに冷めている。せめて、ちゃんとした返事さえくれればわたしも去り際をわきまえるというのに、先生はそれすらも許してくれない。

 一度考え始めると、思考は止まらない。どんどんと気持ちが溢れ返っていく。それになんだ。さっきから聞いてみれば、わたしの将来に対しては案じてくれるくせに、わたしの想いに対してなにも答えてくれないじゃないか。強いて言及した言葉といえば、おままごとやらガキンチョ共が愛を囁きあっているのと同じというひどい言葉だけ。あんまりじゃないか。

「……先生、わかりました。先生の言う通り、ちゃんと進学します」

 ひとつ息を吐き、わたしは先生を真正面から見据える。先生の双眸がわたしを映し、納得のいったように頷く。きっと先生の目にわたしは説得に応じた生徒と見えるのだろう。確かに先生の言葉は胸に響いたし、自分の振る舞いを変えようと思った。だけど、この気持ちはどうしても止めることはできない。

「明後日までもってこい」

 先生はそういって新しい進路調査用紙をわたしへ差し出す。つかむため、手を伸ばす。ねえ、先生。あなたはわたしが本気じゃないと思っているのでしょう。たかが高校生と見縊って、あしらって、舐めきって。そうすれば離れると思ったのだろうか。笑ってしまう。そんな愚かな先生の考えが憎くも、愛しくも感じる。わたしの手は先生が差し出した用紙を通り越し、先生のネクタイへと行き着く。驚きで目を見開かせた先生に笑みを零し、自分の下へ引き寄せる。そして触れ合う唇と唇。

 ややあってからわたしはゆっくりとした動作で、体を席へと戻す。未だ状況を把握しきれていない先生の様子をおかしく思いながら用紙を手に取り、立ち上がる。そして耳元でこう言葉を落としてやるのだ。

「進学すると言いましたが、離れる気は更々ありませんよ。覚悟してくださいね、先生?」




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