02 | ナノ





 シャカシャカと耳から流れる陽気な音楽を口ずさみながら廊下を歩く。放課後は人もおらず、時々居残って教室ではしゃいでいる生徒達の笑い声の他に人の気配はない。学校で唯一音楽に集中できる時はこの時間帯以外にないだろう。
 ナマエは機嫌の良い表情で窓の外へと目を向けた。
 朝から降り続いていた雨がようやく上がり、雲が晴れて空は赤らみ始めている。そうしてまだ低い位置を漂う黒雲を眺めながら歩いていた彼女は、前方からやってきた誰かに気づかずぶつかった。その相手に支えられたおかげで尻餅はつかなかったが、横を向いていたせいか反動で彼女の耳につけていたイヤホンが抜ける。

「前を向いて歩け、馬鹿」

 空いた耳からそんな冷たい言葉が入り込んで、ハッと顔を上げたナマエはその声の主を見て青褪めた。
 襟足の部分を刈り上げた髪、射殺さんばかりの三白眼、生徒会の腕章、男子の制服。

「リ、リヴァイ副会長……!!」

 彼女がぶつかったのは目が合えば泣く子も黙る恐ろしい生徒会副会長様だ。
 理不尽な暴力はなくとも、校内一の不良を一撃で伸してしまったという彼はそれだけで教師含めた校内の人間に怯えられている。
 だが、ナマエが恐れているのはその暴力ではない。

「おい、ナマエよ。お前のその腐った脳味噌にはこの学校のルールってもんが入ってないらしいな。よっぽど躾が足りないらしい」
「い、いえいえ……十分に足りていますとも……!」

 イヤホンを取って無造作に制服のポケットに突っ込んだナマエはぶんぶんと首を大きく横に振ってアピールする。
 何を隠そう、この二人は幼馴染みの関係である。その為、彼女は彼が暴力以外でどれだけの鬼畜っぷりを発揮するのか身を持って体験しているのだ。
 勉学に不必要な物は持ち込まない。そのルールを従順に守る生徒会役員達は当然の如く携帯電話すら持ち込まない。連絡事項は全て口頭で済ませ、必要であれば校内放送で呼び出しさえする。
 一見、不良に見られがちなリヴァイもそれは例外ではなく、意外にも組織のルールには従順だった。

「安心しろ、馴染みの誼で“今回は”優しくしてやる。お前の事だ。言い訳するなら『勉強に支障がない程度は許せ』とか言うだろう」
「うぅ……何故バレた」
「何年の付き合いだと思ってやがる」

 言いながらリヴァイは彼女の顎を掴むと腰に回した腕に力を込めてぐっと体を密着させる。
 ひぃ、と心の中で悲鳴を上げたナマエは必死に顔を背けようとするが彼の力には敵わない。

「あ、あの……副会長さんが、廊下のど真ん中で女を誑かすのは如何なものかと……」
「教室の中なら良いのか?」
「そういう問題じゃないです」
「安心しろ。お前相手にどうこうするつもりはない」
「……ソーデスカ」
「という訳で、今から反省文だ。今日は十枚で許してやる。出来るまでこれは俺が預かっておくからな」
「何だと……!?」

 腰に回された腕からするりと引き抜かれた音楽プレーヤー。ニヤリと笑いながらナマエの目の前でそれを見せびらかすリヴァイ。
 気分良く放課後を過ごそうと思っていたナマエは課せられたペナルティにこの世の終わりを見たような表情を浮かべた。
 そんな彼女をリヴァイはふん、と鼻で笑う。

「俺の声を遮るもんなんざ、必要ねぇだろ」

 何回呼んだと思ってんだ。
 そう言って背中を向けて歩き始める幼馴染みにナマエは呆気にとられるしかなかった。リヴァイはそんな彼女に舌打ちを零して面倒臭そうに言い放った。

「おい、何ぼーっとしてやがる。さっさと来い」

 少々怒りの混じった声に慌てて後ろをついて歩くナマエ。
 彼の胸の奥に眠る感情に彼女が気づくのはもう少し先になりそうだ。

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