01 | ナノ


 ぱちん。ぱちん。持続的にホチキスの音が静かな教室に響き渡る。何部目か分からない藁半紙の束を手に取ってただひたすらに端を留める地味な作業を繰り返す。黒板の真上にかかっている時計は17時になろうとしていた。正直もう帰りたい。

「おい手ぇ止まってんぞ」

 だけど机を挟んで目の前に座る先輩の鋭い眼光が私のスカートを椅子に縫い止めているかのように突き刺さり動くことが出来なかった。なんというか今日は全体的についていない。朝のニュース番組内の占いでは二位で浮かれていたのに数学の時間は当てられるし、いつも買ってるカフェオレは売り切れていた。そして長引いたホームルームが終わり帰ろうと階段を降りていると同じ委員会のリヴァイ先輩に捕まり今こうして保健だよりを作らされる羽目になってしまった。早く帰ってごろごろしたい。思わず愚痴も生まれてくる。

「こんな保健だよりなんて誰も読んでないのに……」
「俺は毎月読んでるぞ」

 そりゃあ先輩みたいな潔癖性さんには役立つ情報満載でしょうよ。寒くなってきたし手洗いうがいの正しいやり方とかが載っているんでしょうこういうのってさ。でもだいたいの人はこんなの配られたらすぐ机の引き出しに仕舞ってぐしゃぐしゃにしちゃうんですよ。資源と労力の無駄遣い。

「ぶつくさ言ってねぇで進めろ。帰れねぇぞ」

 ずいと大量に追加された藁半紙の束に嫌気がさしたが確かに終わらせないと絶対帰れない……というか先輩が帰らせてくれないだろう。そもそも私に頼まなくても作業の早い先輩なら一人でも出来そうだけどな。だって私の作業の方が単純なのに一部綴じるよりも先輩が藁半紙を折りたたむ方が早いとはどういうことだ。しかも殆どのズレもなくぴったりと端が揃えられている。こういうところからも先輩の几帳面さが伺えてなんだか笑えた。が、再び睨まれたので大人しく作業に戻ってみたがただ作業するのもつまらないのでせっかくだから今月の特集に目を通す。だってこんな時でもなきゃ絶対読まないもんね。……早々に読んだことを後悔した。てっきり手洗いうがいについてかと思ったが書いてあったことは保健体育で配るべきなんじゃないかと言いたくなるような、つまりそういうことへの正しい知識と危険性についてだ。普段読まないと言っておきながらこんな特集の時だけ目を通すのか……とか思われたら恥ずかしすぎる。直ぐにホチキスを留めて次の束を掴んだが目の前の先輩に一連の流れをしっかりと見られて顔に熱が集中する。先輩の方こそ手を動かして下さいよ。

「興味あるのか」
「ちが、たまたま目に止まっただけで……」
「何を焦ることがある。高校生の頭の中なんてどいつもこいつもそればっかりだ。その手の特集が載っててもなんら不思議じゃねえよ」
「それって、リヴァイ先輩も頭の中そればっかりってことですか」

 ああヤバイ失敗した。余計なことを口走ったせいで先輩の眉間にシワが寄り眼光が更に鋭くなってしまった。だが、特に怒ることもなく直ぐに眉間のシワは消え代わりに短いため息を吐いた。

「余り考えてねぇのは、お前みたいな能天気ぐらいなもんじゃねえか」
「えー私別に能天気でないと思いますけど……」
「能天気だろ。例えばこんな一人でもできる委員会の仕事を偶然を装って通りかかった後輩に頼んでる男が、放課後の二人きりの教室で何もしねぇと思っている所とかな」
「え、」

 気づけば先輩の手元には何もなく、半分に折られ留められることを待っている藁半紙の山が私の机を占領していた。がたり。おもむろに立ち上がった先輩が一歩進んで私の前へ。咄嗟に顔を下げてしまったが、きっと先輩はその鋭い眼光で相変わらず私を見つめている。だって立ち上がることは疎か椅子を引くことすらできないのだから。きっとスカートも椅子も全て縫いとめられている。彼の視線に。

「の、残り早く終わらせますね!」

 なんとか空気を打ち破ろうと藁半紙に手を伸ばしたがその手を先輩が掴む方が早かった。弾みで藁半紙の山は雪崩れるように床へと散らばりホチキスはカシャンと軽い音を立て転がる。

「馬鹿なのと鈍いのと、どっちだ」
「すみません多分どっちもです」
「そうか、なら少し黙っていろ」

 頬へと伸ばされた指先を拒否できない理由、誰か馬鹿で鈍い私に教えてくれ。




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