01 | ナノ





 通学中の約40分、電車に揺られながら手持無沙汰を解消する道具は、カバンから飛び出たイヤホンに繋がる音楽プレーヤーにスマートフォン。それと曜日を決めて読むことにしてる単行本。たまに手帳を取り出してバイトの時間を確認したり、友達とのプリクラをぼんやりと見直したり。
 そんなことをしていると40分というのはあっという間だ。大学一年生、時間割の都合で後期は2限目登校が多くなったために朝の電車は座れることが多くなった。

 極度の人見知りというわけでもなく、それなりに人付き合いはいい方だとは思っている。毎週水曜日、2限の選択通年科目の哲学と3限の基礎ゼミを受ければ大学から解放される楽な曜日だ。水曜日の通学をいつも読書に費やしてから授業を受ける。楽な曜日であることは嬉しいけど、この曜日が見事に知り合いに会わない日になってしまったのは履修を組んだ後に発覚したことだった。普段行動を共にしているジャンは法学を取ったらしく、コニーがまさか哲学を選択するわけもない。
 大学の最寄りに着く10分前に、小説を読み終えてしまった。今日の帰りにでも本屋をぶらつこう。顔を上げぼんやりと窓の風景に目をやると、見覚えのある人が眠り込んでいることに気付いた。誰だっけ、基礎ゼミで唯一授業が被ってるんだよなぁ。もう最寄りに着くし起こした方がよさげな気がするけど、余計なお世話な気がする。……ああでも。

「……ねぇ、あの、最寄り着いたけど」
 
 彼の肩を軽く揺らす。眉をひそめながら寝ぼけ眼を雑に擦りながら、大きな目をこちらに向ける。
 
「え……最寄り……ッ! あっぶね! ありがとな!」
 
 礼を言って慌てて電車から下りる彼に続き、私も下車する。もう改札に向かったのか、慌ただしい人だなと思いながら大学へ足を向け歩き始める途中でコンビニに寄り昼食を買った。一人で学食をとる勇気は持ち合わせていない。

 哲学の授業が早目に終わり、適当な場所で一人スマホをいじりサンドウィッチを咀嚼しながら朝の出来事を思い返す。誰だっけ、の答え合わせは次の基礎ゼミの授業で分かることだ。
 基礎ゼミといえば、言葉遣いの小テストがあったっけ。非常勤講師のエルヴィン先生とリヴァイ先生が交互に受け持つ授業は、周りの女子から人気があるらしい。基礎ゼミは完全に学籍番号で区切られた、2つの学部の混合授業だ。後期は課外授業にバーベキューも組み込まれている、息抜きに近いような授業だ。早めに教室に行って席取りでもしよう。

「ナマエ・ミョウジ」
「はい」
「クリスタ・レンズ」
「はい」
「エレン・イェーガー……クソでもしてんのかアイツ」

 今週はリヴァイ先生の授業だった。彼が最後に呼名した人物が勢いよくドアを開けて入る。遅れてすみません、頭を下げた彼に顎で座れと促すと、キョロキョロと空席を探す彼と目が合う。答え合わせがやっとできた、もやもやがスッキリした。こちらに向かい歩いてくる彼のために、左の席に置いていたカバンを机のわきにかけると案の定彼は私の隣に腰を下ろした。

「朝、起こしてくれたのあんただよな、助かった」
「うん、私のこと知らないだろうから起こすか迷ったんだけど」
「え? あんたの名前、ナマエだろ?」
「え、何で」
「小テストを始める。制限時間は10分だ。その後は課外授業の班を決め、各々の班の目的や役割分担を行う。始めろ」

 テストを終えプリントを回収するとすぐに班を決めた。今日座っている自由席6人を1班、適当に動きたい奴は動け。人数は守れよ、と先生が促すと数名がトレードをするなりした程度で2分程度で決め終わった。同じ班に決まったエレンくんにさっきの続きの話をしようとしたが、既に他の男子と話している。この授業で最近話すようになったクリスタが相変わらず可愛らしい笑顔で、同じ班になれてよかったと話かけてくれたので、私もだよと返しつつ班で軽い自己紹介を行った。それと課外授業の大まかな目的、クラス全体としてのこの班の役割を掌握したところで、今日の授業が終わる。
 次に授業が入っているクリスタは、レポート提出があるからと足早にこの教室をあとにした。彼女に別れを告げて、私も荷物整理を終える。何やらリヴァイ先生と話すエレン君の姿をしり目に教室を後にした。



「あ、ナマエも3限で終わりなのか今日」
「! ビックリした……!」

 大学を出てすぐに、覗き込むように話をしてきたのは朝から何かと縁のあるエレンくんだった。完全に気を抜いていたせいか露骨に驚いてしまい笑われる。その笑顔を見てなんとなく、あ、犬っぽいなと思ってしまった。
 今日の朝の時点では、名前も分からないような男の子と下校を共にするとはこれっぽっちも思わなかった。大学というのは、人間関係においては本当に何が起こるか分からないよと嬉しそうに言った母の顔を思い出す。遠回しに彼氏をつくれと言われたような気がしたことを、この帰り道で思い出した自分がまるで下心を無自覚に確立させてしまったようで恥ずかしくなってきた。

 彼と家の最寄りが近いこと。実は初回の基礎ゼミが隣の席だったこと。私が行動を共にしているジャンとコニーがエレンの友達だったこと(ジャンに関しては顔見知りと言い張ってたけど)。大学から駅までの道のりで、色々と発覚した事実が沢山あった。何かの話題について話すたびにころころと変わる彼の表情が楽しくて、私自身、彼と初対面であることも忘れて色んな話に花をさかせていると駅に着いた。

「ねぇ、そういえば2限は間に合ったんでしょ? なんで3限遅れたの?」
「ああ、ミカサに捕まってて……あいつリヴァイ先生嫌いみたいでさ、授業出るなとか言うんだよ」
「ミカサちゃん本当エレンのこと好きだね、あ、ごめん呼び捨て」
「俺も呼び捨てしてるし気にすんな、そっちの方が好きだし」

 じゃあ呼び捨てにするね。そう返すとまた嬉しそうに笑うからつられて私も笑ってしまった。なんだよ、と今度は不思議そうな顔をしてくるエレンに何でもないと返せばちょっと拗ねる。面白い人だなぁと思いながら二人で改札を通った私たちは、もちろん同じホームへの階段を下りていた。あ、ていうかリヴァイ先生とよくあんな普通に話せるねー怖くないの?と、ヒールを履いた私より少し背の高い彼を見上げると、今度はキラキラした顔であの人は憧れなんだと話し始めた。
 もともと此処の大学に決めたのも、リヴァイ先生が非常勤といえど働いているからという理由だったらしく、幼い頃に母親を亡くした彼の面倒をたまに見てくれていたと話す。無邪気な顔をする彼にも、悲しいことがあったことを知った。一日数分の会話をしただけで、色んな一面を見た。

「本買って帰らなきゃ」
「何買うんだ?」
「まだ決めてない、けどミステリーが読みたい。エレンも本とか読めば寝ないでしょ」
「本は苦手なんだよ……」
 
 それに朝は苦手だからどうしても寝ちまうんだよなーと零す彼は、明日は1限からだとうな垂れた。私も早起きが特別得意なわけでもなく、2限始まりが増えたため最近は朝が辛かったりするのは否めない。
 
 ゆらゆらと電車に揺られ、私の地元駅まであと2つ。

「私も明日1限だ、しかも必修だから遅刻できないなぁ」
「ナマエって、いつも3号車使ってるか?」
「うん、もちろん。階段目の前だし」

 車内の電子掲示板に映し出された、地元まで2分の文字をぼんやり見つめる。私の答えにふーんと返したエレンが隣で小さく伸びをする。

「じゃあ俺も明日から3号車乗るから、あれだ、お前がいれば寝過ごさないで済むよな」
「……それはいいけど、私もたまに寝るし前科あるよ」
「ああじゃあ、その時はその時だな。じゃあな、明日」
「うん、じゃあね」

 先に下車をして改札に向かい歩く。心なしか顔が熱いのを残暑のせいにしながら、駅前の本屋に駆け込んだ。

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