01 | ナノ


※女の子同士





 あー、と声にならない声をうつ伏せのまま机にぶつけたら、思いの外机がカタカタと鳴った。中に入れっぱなしの携帯が無機質な音を立てて微かに震える。隣で携帯をいじっていたユミルがめんどくさそうにため息を吐いた。

「んだよ、辛気臭ぇな」
「青春に悩みは付き物なのだよ」
「あぁそうかい」

 ユミルは決して優しいとは言えない。だからここでその悩みを聞いてくれたりだとか、相談に乗ってくれたりだとか、ましてや手伝ってくれたりなんて夢のまた夢だ。そんなこと出会って数週間で気が付いた。

「もう、ユミルは冷たい!」

 そして対照的にクリスタは優しいので、自分ができる範囲のところまで援助してくれる。汗をかいていたらハンカチをくれるし、具合が悪そうなら毛布をかけてくれる。泣いてる子の背中をなぜて、絶望してる子を抱き締めてくれる。誰かが天使のようだと呟いた。
 その通りだ。こんなに慈悲深い少女は他にいない。
 だから当然、突っ伏せる私にクリスタは心配して声をかけてきた。
 例え、悩みの種がそのクリスタ本人だったとしても、だ。

「私でよければ、いくらでも話してね」

 前の席の椅子をわざわざこちら側へ向けて、微笑みながらそう言うのだから、女神だ天使だと言われても仕方ない。
 私だってそう思う。
 それどころか、彼女にしたい。
 この思春期にありがちな、憧れが募り感情が高ぶった結果恋と勘違いしたわけでも、周りに触発され熱に浮かされそうなったわけでもない。
 初めて会ったその時、私が中三の時転校してきてクラスで自己紹介をし終え、一瞬目があったあの日から私はクリスタに恋愛感情を抱いていた。一目惚れだ。

「ありがとー!さっすがクリスタ、誰かさんと違って超やさしー!」
「おい、クリスタにベタベタくっついてんじゃねぇ」

 飛び付こうとした私の顔面を手の平で抑えるユミルは心底嫌な顔をして、私とクリスタを引き剥がした。
 抗議の声をあげる私にユミルはそっぽを向く。それをなだめるクリスタ。なにもおかしなことはない、いつも通りの私たち。私たちの関係は、きっといつまでも続くのだ――私が間違わない限りには。





 ユミルが熱を出して早退し、二日連続で休んだ。あのユミルがだ!
 面倒だといいながらも休まず学校に来ていた彼女が、ここにきて皆勤賞を逃すことになろうとは。私もクリスタも驚きのあまり慌てて保健室より先に職員室に駆け込み、早退したら皆勤賞を取れなくなるのか確認してしまった。
 当の本人よりも青ざめた顔でベッドの脇にたつ私たちを見て彼女は笑っていたが、熱にやられて潤む瞳を見て、彼女も所詮人の子なのだと思った。

「ユミル連絡あった?」

 結局今日も学校に来なかったので、私たちはいつもの通学路をたった二人で歩いていた。一人欠けるだけで、夕陽に伸びる影がこんなにも寂しい。

「ううん、メールはしたけど返事が……きっとすごく具合が悪いのね……」

 クリスタのメールを無視するなんて、全くユミルめ。心配かけやがって。
 そう思いつつも、私は心のどこかで少し――いや、かなり感謝をしていた。ユミルがいないと、必然的に私とクリスタは二人きりになる機会が増えるのだ。つい顔が緩んでしまって、こんな顔していたらきっとユミルにまた馬鹿にされる。

「今までどんなに風邪が流行っても平気だったから、ビックリしちゃった」
「中一から一緒なんだっけ」
「でも、クラス一緒になったの、一年生の時だけなんだよね。二年も三年も離れちゃって」

 昔話――と言ってもほんの少し前の話なんだけど、今の私たちにとっては昨日さえもひどく遠い――をするクリスタは本当に楽しそうだった。
 生まれて初めてゲーセンに連れていってくれたこと。
 クラスが離れてしまっても、毎日のように一緒に帰ったこと。
 二日前のユミルみたいに、クリスタが熱を出して早退した日、自分も早退して家まで送ってくれたこと。
 私の知らないクリスタが、確かにそこにあって、それは角度を変えながら、くらくらするくらい眩しく光っていた。隙間から見えるたくさんの色は私の知らない色ばかりだ。
 わかってた。わかってたはずだ。この二人の間に入って、あろうことか恋をするなどおこがましいのだと。私たち三人はいつまでも純粋な色の花を共有し、そして決してその花で花占いをしてはいけないのだと。
 なのに。

「……どうしたの?」

 いつもみたく相づちを打たない私に、クリスタは立ち止まって顔を覗き込んできた。小さな肩にかかる髪がオレンジに透ける。風はなく、周りに人はいない。
 ユミルはどんな顔をするのだろう。きっと彼女は気が付いている。そしてわたしを信じている。このままでいたほうがいいんじゃないか。お前にとっても、クリスタにとっても、そして私にとっても。無言でそう語りかけてくるユミルから、私は目を逸らしちゃいけない。
 いけないのに。
 遠くで踏み切りの音がする。クリスタの青い瞳がとても綺麗だから、クリスタが私を呼ぶ声も聞こえなくて、悲しそうな顔をするユミルに背を向け、とうとう私は花びらを千切ってしまった。

「クリスタ……わ、私――……」

 あぁ、花はもう咲かない。


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