01 | ナノ


「次ジェットコースター乗ろうぜ!!」
「まずポップコーンを買うべきですよっ! 並んでる時間に食べなきゃもったいないですし!」

コニーにすかさず反論したサシャの発言を聞いて、みんなが呆れたように笑った。

今日は、普段クラスで一緒にすごす男女グループで、遊園地に来たのだ。いつもはおとなしいベルトルトや、こういう時すかさず皮肉をいうユミル、クールでかっこいいアニも、和やかに微笑んでいる。エレンやジャンやミカサもサシャの意見に賛成して、ポップコーンの味をどうすべきか話し合っているし、気の利くクリスタとライナーは、先に並んでいるからポップコーンを買って後から来るように言っている。そんなみんなを微笑ましく思いながら眺めていると、アルミンが私の肩を叩いた。

「ナマエは何味がいいと思う?」
「うーん。塩味かなあ」

同じ質問を返そうと口を開きかけたとき、ポップコーン売り場を確認するために地図を覗き込んでいたエレンとミカサがアルミンの名を呼んだ。彼の意識が私からそれたのを感じ、慌てて口をつぐんだ。

気づけばよほどジェットコースターを楽しみにしているらしいコニーと、その他にベルトルト、ユミル、アニも並びに行ってしまったらしく、残っているのはポップコーンを食べたがっているメンバーだけとなっていた。

「なあ、ここ前に来たとき、ミルクティー味のポップコーンあったよな?」
「そういえばあったね」
「ほら、言っただろ、ジャン!」
「エレンの記憶じゃ当てにならねえけど、アルミンが言うならそうなんだろうな」
「なんだよそれ!」
「でも、なくなってしまったのだから仕方がない……。エレン、他には何味がいい?」
「カレーとかうまそうだよな」
「私はこの芋味が気になります!」

盛り上がるみんなの輪に入ってポップコーンの味の種類が書かれた地図を眺めていたアルミンが、ふと思いついたように言葉を挟んだ。

「あのさ、ポップコーンって割り勘するんだよね。そしたらあんまり変な味のものを買っちゃったら不公平だから、無難な塩味にしない? それなら好き嫌いなさそうだし、先に並んでくれてる人たちにも渡しやすいでしょ」
「それもそうだな!」
「じゃあ塩味買いに行こうぜ」

鶴の一声とはきっとこのような状況を言うのだ。あっという間にバラバラだった意見をまとめあげたアルミンに感心していると、みんなの輪から外れた彼がそっと視線をこちらに向け、こっそりと笑顔を見せた。そうして、私はようやく先ほど自分が塩味を希望したことを思いだした。途端に今のアルミンの行為が私のためを思ってのものだと気づき、急に顔が熱くなった。

恥ずかしさの混じった中途半端な笑顔を返そうとすると、彼はすぐにみんなの後を追いかけて背を向けてしまった。私も慌ててそれに続く。心臓が少し早いペースでリズムを刻んでいた。



アルミンは年相応な幼げな外見に反して、とても大人びていて、頭がいい。クラスメイトはみんな彼を信頼しているし、アルミンの発言や行動は正しいと、かなり頼りにされている。そんな彼に私が惹かれるのは必然だったけれど、数か月前に告白してOKをもらえたのは偶然のように思う。それでも顔を真っ赤にしてお礼を言ってくれたアルミンに、ここから続く長い人生の、一生分の幸せを使い果たしたような気持ちになってしまった。

だから、「一つだけいい?」と彼が提案した時、私は特に考えもせず賛成してしまった。何より彼の言うことは正しいという絶対的な信頼が、私をそうさせた。



「ジェットコースターの席順、決めようぜ!」

ポップコーンを買い終えたメンバーが合流するや否や、提案したのはコニーだった。全部で十二人という大所帯なので、みんなでそろって乗ることは不可能なのだ。まずはグットッパで二つのグループに分かれ、その中でさらにグッチョッパをし、隣の席の人を決めようということになった。

アルミンの隣になれたらいいな、という淡い期待は、最初のグループ分けで儚く崩れ去った。アルミンと一瞬だけ目があったけど、声をかける前に彼は行ってしまった。胸を刺されたような痛みが走る。だけどそれを表に出すことが許されないのは、彼がした『提案』に理由があった。私たちが付き合うことになった時、彼は「周囲には内緒にしよう」と言った。馬鹿で子供な私はその理由が分からず、「どうして?」と意図を問いかけた。すると彼は、こういうことは人に言うべきではないのだと答えた。アルミンが言うなら、そうなんだろう。賢い彼の言う通りにすれば、間違いはない。

だけど、やはりこういう時、堂々と「アルミンの隣に座りたい」と言えないのは寂しいことだった。その後どのアトラクションに乗るときも、公平に決めたので、なかなかアルミンの隣に座れる機会が回ってこない。お化け屋敷は絶対に彼と入りたかったのに、思うようにいかなかった。彼はクリスタと、私はジャンとペアを組んだ。さすがに少し顔に出て、ジャンに「怖いのならやめとくか?」と心配されてしまったほどだった。

それでもなんとか誤魔化して、ジャンと回ったのは良かったけれど、お化け屋敷を出たところで泣きじゃくるクリスタをアルミンが必死に宥める姿を見た時は、体の内側が締め付けられるような心境だった。何度も謝るクリスタが、「出口までしがみつかせてくれて有難う」と言うのを聞いて、私の中で小さな黒い炎が灯り、少しずつ火力を増していった。

クリスタを羨むのがお門違いなのは分かるし、こんな感情を抱く自分が信じられなくて怖かった。だけど、他のメンバーから二人が冷やかされるのを見ていると、押さえつけられないほどに悲しみが膨らんだ。

「昔はアルミンもお化け屋敷こわがってたのに強くなったな〜」
「エレン!」
「エレンは今も昔も立派だった。お化け役の人を倒していた」
「それ迷惑だろ……」

エレンとミカサの思い出話を聞いていると、落ち着いてきたらしいクリスタが私の表情が暗いのに気づいた。みんながまた話に花を咲かせているところから抜け出て、私に寄ってきて「ナマエも気分が悪くなっちゃった? 大丈夫?」と心配そうに背中を撫でてくれた。こんなに優しい子に嫉妬した自分がますますみじめで、「大丈夫だよ」と返したものの、笑顔を作れている自信がなかった。それを、クリスタは遠慮していると思ったらしく、次はどのアトラクションに乗ろうかと話し合いを始めた皆に、少しだけ休憩しようと提案した。

「それなら私、チュロスが食べたいです!!」
「お前ほんとそればっかだな」
「そうだね、ここらで休憩してもいいかもしれない」

アルミンが言うと、みんなも納得した。みんなでぞろぞろと食べ物屋さんに向かっている最中、クリスタが隣に並んだ。

「ナマエ、今日ちょっと調子悪そう。何か無理してる?」
「そんなことないよ〜」

今度はうまく笑えたはずなのに、クリスタの表情はますます陰った。心配をかけているのだとわかって、申し訳なさが膨らむ。

「辛い時は無理しないで、ちゃんと言ってね?」
「うん、大丈夫! ありがとね、クリスタ」

クリスタはまだ少し納得のいっていないような表情だったけれど、これ以上追及させないような空気を感じ取ってくれたらしく、そこからは他愛のない話をしてくれた。

私は未だドキドキする心臓の音を聞きながら、彼女の話に相槌をうった。少し先を歩くアルミンがみんなに向ける表情はいつも通りで、私の心の空白はますます大きくなった。



ひと時の休憩が終わると、次のアトラクションに移動することになった。どれに乗ろうか、と話し合いになりかけた時、アニが観覧車に乗りたいと呟いた。今日ほとんど皆の乗りたいものに付き合うばかりだった彼女が初めて主張したこともあり、その意見はあっけなく通った。私は少しだけそわそわしながらアルミンを盗み見るけれど、彼と視線が合うことはなかった。

「観覧車なら四人ぐらいずつ乗れるよな」
「ああ。三つのグループだからグッチョッパだな」
「やるぞ、せーの」

みんなが反射的に手を出して、今まで通りにグループ分けをする。何度も期待を裏切られているのに、私は願わずにはいられなかった。しかし、結果的にアルミンと離ればなれになってしまった。

今まで抑え込んできた感情が一気にあふれ出したような気がした。次々と皆が観覧車のある方角へ歩き出す中、一人立ち尽くしそうになっていたら、私の名前を呼ぶ声がした。その声に素早く顔をあげると、アルミンが心配そうな表情で覗き込んでいた。

「どうしたの? ひょっとして具合悪い?」
「だっ、大丈夫……」

ようやく彼と話せて嬉しいのに、自分を埋め尽くしている思いが大人げない独りよがりな欲求だということを悟られたくなくて、慌てて首を横に振った。けれどアルミンは眉間にしわを寄せたかと思うと、もう移動を始めていたみんなの方を振り返って、声を張る。

「みんな、ナマエがなんだか気分悪そうなんだ。ちょっとそこのベンチで休憩してるから、観覧車いってきてよ」
「え、大丈夫?」
「どーせ昨日たのしみで寝れなかったとかだろ? アホだなあナマエは」
「アルミン、二人で平気?」
「うん、大丈夫。楽しんできて」

私に口を挟む間も与えず、アルミンは友人たちの背中を見送った。彼はみんなの姿が見えなくなるとすぐに振り返って、私の背を撫でた。柔らかい体温に、心が満たされるのを感じた。優しくベンチへ導かれ、座るように促される。

「ジュース飲む?」
「ううん、大丈夫。さっき飲んだし」
「そっか」

アルミンが隣に腰を下ろし、会話が途絶えた。近くでコーヒーカップのアトラクションが動き出し、乗客の悲鳴が響きはじめる。子供が手を離してしまったのか、青い空にオレンジ色の風船が泳ぐのを見た。穏やかな時がどれほど経ったか分からないが、それは彼に名前を呼ばれたことで遮られた。

「全然、ペア組めないね」

困ったように笑う彼の声が、私の胸に突き刺さって、じわじわと広がっていった。おんなじ気持ちを抱いているのに、どうしてこんな悲しい思いをしなければならないのだろう。純粋な疑問が膨らみ始めたら抑えが利かなくなって、私は無造作にベンチに置かれていたアルミンの手に自分の手を重ねた。知り合いの目を気にしていて、だけど中学生でなかなか遠くに行けない私たちが手をつなげるチャンスなんて、ほとんどなかった。だから彼は驚いたように息を呑んだ。温かい手が強張るのも感じた。

「みんなに言っちゃだめ?」

ぽろりとこぼれ落ちたのは、思いのほか弱々しい声だった。頭のいい彼のことだから、すぐに何のことか理解しただろう。

「観覧車ぐらい二人で乗りたいって、思ったんだ」

みんなで遊びに来てるんだから、全部二人がいいなんてさすがに思わない。だけど、滅多にこれない遊園地で、カップルにとって特別な乗り物である観覧車ぐらいはせめてアルミンと一緒がいい。彼の手を握る左手に力を込めると、アルミンがこちらを向いた。私は視線を返す勇気はなくて、少しだけ俯く。「みんなには秘密にしよう」という彼の提案を否定するということは、つまり、彼と付き合うための条件を破るということだ。急にアルミンが私の手を振り払って「別れようか」と困ったように言い放つ未来が浮かんで、涙がにじみそうになった。

「急に、どうしたの?」

想像するようなことはなかったけれど、アルミンはひどく狼狽えていた。焦りを露わにして私を覗きこむので、ますます涙腺が緩む。反対の手で目元をおさえ、滴がこぼれ落ちることだけは防いだ。だけど、泣きそうなことはバレバレだろう。

「急じゃ、ないよ。ほんとは、ずっと思ってたんだ」

アルミンが驚きの声をあげる。ここまできたらもう、全部ぶちまけてしまおうと、半ばやけになった私は一気にまくしたてた。

「通学路だって、手を繋いで帰りたいし、体育祭ではアルミンの名前を叫んで応援したかった。休日だって、近所のショッピングモールでいいから、一緒に遊びに行きたいの。これって高望みかな?」

みんなから隠れて二人でいることは、背徳感があった。アルミンにとっては私といることは恥ずかしいことなのかもしれないと邪推したこともあった。一度口にしてしまったらもう止まらない。アルミンの表情を窺う勇気もないままに、吐き出し続ける。

「今日は、アルミンが他の子とばっか喋ってるの見て、寂しかったんだ。私、アルミンを独り占めしたいって、思っちゃった。アルミンと、二人だけの瞬間が、もっと――」

言葉の途中で手を解かれ、全身に水をかけられたような冷えが襲った。自分の想いを全て伝えてしまうまで黙らないつもりだったのに、音を忘れてしまったように言葉が出なくなった。

どうしてこんなわがままを言ってしまったのだろう。自分の中にため込むことなど今までできていたことなのに、よりによってこんな特別な日に……。強い後悔を抱いた時、一度はなれた温もりが戻ってきた。瞬間、そちらを見たら、アルミンが、私の手を上から握り直していた。

「ごめん」

私はそこでようやくアルミンを正面から見た。真っ直ぐな強い目が向けられていて、その謝罪が別れを告げるものではないことが分かった。根拠のない自惚れかもしれなかったけれど、確かな自信が存在した。

「ごめんね、ナマエ」

もう一度謝罪を繰り返したアルミンが少し俯いて、金髪が流れるように揺れた。日の光を反射してゆっくりと私の中に染み入る。彼に握られた手の温度も徐々に高まっていた。

「僕は肝心なことが分かってなかった。羞恥心とか周りの目とか、そんなことよりもっと大切にすることがあったんだ」

アルミンの手が私の頬を撫でた。涙の筋が乱されて、ずっと胸を焦がしていた痛みが薄れてゆく。

「こういうのが大人だと思ってたけど、僕って子供っぽかったね」

彼の笑顔はいつもよりあどけなさを感じさせた。ポケットから出したハンカチでもう一度しっかりと涙を拭ってくれた彼は、最後に私の前髪を整えるように撫でた。

その後は二人で手をつないだまま、今まで話せなかった分、たくさん語り合った。アトラクションの感想だとか、お化け屋敷でのペアの様子だとか、遊園地での時間をなぞり、やり直すように、一緒に過ごせなかった時を埋めた。

やがて、みんなが戻ってくるのが遠くに見えた。いつもだったらそっと離される手がずっと繋がれていて、私は今さらになって恥ずかしさを覚えた。近くまでやってきたみんなが気づいて驚き、騒ぎ立てるので、熱の集中した耳がじんじんした。対してアルミンは覚悟を決めたような表情でますます強く握りしめ、私を引っ張り共に立ち上がる。

「僕たち、ほんとは、付き合ってたんだ!」

アルミンの聞いたこともないような大声に、一同の表情が呆けたものになった。あのミカサでさえ、口を閉じ忘れている。

ここの空気だけが止まっていて、周りの和やかな雰囲気からやけに浮いていた。居たたまれなくなって皆から視線を逸らすと、その先でアルミンの顔がじわじわと赤くなるのを見た。それは、私が彼に告白した時と全く同じで、首や耳までリンゴの色に染まっていた。

「それで、ごめん、勝手だけど……観覧車だけ、ナマエと乗ってきてもいいかな……?」

恐る恐るといった様子で問いかけたアルミンに、最初に吹き出したのはジャンだった。次にユミルが腹をかかえて笑いだす。エレンが走り寄ってきて、アルミンの背中を強く叩いた。みんなの反応に今度はこちらが呆気に取られていると、体に何かが衝突して来て、勢いに負けた私はアルミンの手を離れてベンチにしりもちをついた。ちかつく視界の中、状況を確認してクリスタがしがみついているのに気づき、飛びつかれたのだと理解した。その後ろには興奮気味なサシャが、いつの間に買ったのかソフトクリームを持つ手を震わせている。

「もっと早く言えよ! お前らはバカか!?」

コニーが叫んで、ベルトルトが苦笑した。ミカサが「アルミンは頭がいいのに時々とてもバカをする……」と呟いた。それにライナーが堪えきれずといった感じに吹き出して、アニが呆れたような表情をした。男子は寄ってたかってアルミンの髪をぐちゃぐちゃに撫で始めた。

いつから? どっちから? と、表情をきらめかせたクリスタから質問攻めにされながらアルミンの方をみると、彼は未だにエレンに背中をビシバシ叩かれながら、むずがゆそうな笑顔を浮かべていた。髪は無茶苦茶にされたせいで、あっちこっちへ跳ねていて、つられて私も吹き出し、その日初めて、腹の底から笑い声をあげた。




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