6th. something green
「高杉先輩!開店おめでとうございます」
「おー、久しぶりぃ、慎太じゃないか?」
高杉先輩との久々の再開は、先輩が念願の自分のバーを開店する、そのオープンのパーティの日だった。
開店祝いのパーティをするからと招待状を手にしたのはひと月前だった。
先輩やるなー。あの若さでオーナーか。
高杉先輩とは高校の野球部の先輩、後輩。高杉先輩は4番でキャプテンで昔からかっこよかった。
寮の同じ部屋だったこともあって、俺のことを本当の弟のようにかわいがってくれてた。
高校を卒業して何年経ってもこうして声を掛けてくれる。
「慎太!お前、いっちょまえに彼女できたのか?お子様には10年早いんじゃないのか?」
相変わらずの口調で先輩が突っ込んでくる。
「た、高杉先輩!そんな言い方は酷いっス・・・・。俺だって・・・・」
「あー、冗談だ。かわいい彼女じゃないか?お前にはもったいないくらいだ」
「先輩!また酷いっス」
「俺も、晋ちゃんだ。よろしくな。そっちの慎ちゃんに飽きたらいつでもこっちへこい。」
「・・・・・・」
「いくら先輩でもそれだけはだめっス。俺の彼女なんっスから!」
「ははは!慎太、相変わらずだな。空気を読め!冗談だ。まあ、二人ともくつろいでいってくれ。」
相変わらず、好き勝手いうんだから高杉先輩は。好き勝手言う割には人一倍気を遣ってくれるいい先輩なんだ。
今日は、久々に慎ちゃんとデート。大学を卒業してからというもの、毎日のようにデートというわけにはいかない。
最近では、けっこう責任ある仕事もしているみたいでなかなか忙しそう。
詳しいことはあんまりわからないけど、やりがいがとってもあるみたい。そんな一生懸命頑張ってる慎ちゃんが大好き。
けど、久々のデートが先輩のお店の開店祝いだなんて。ふたりっきりじゃないんだー。ちょっとつまんないなんて思いながら慎ちゃんについてきた。
慎ちゃんの知り合いばっかりで退屈だったら、どうしよう。そんなことを、ちょっとでも気に病んだのが馬鹿みたい。
慎ちゃんが尊敬にしている先輩だけあって、初対面の私にも優しくしてくれる。
ずっと女子校だった私には、男同士の友情なんてちっともわからないけど、いつまでたっても少年みたいでなんかうらやましいなって思ってしまう。
「なにか作ろうか?」っと高杉さんが声をかけてくれる。
「んー、何がいいかなー。カクテルとかあんまり知らないんです・・・。慎ちゃんはなにがいいと思う?」
「俺、ビールがいいっス!」
「お前には聞いてない!そこのかわいい彼女に聞いてんだ!子供はジュースでも飲んでろ!」
「あー、高杉先輩、また酷いっス・・・」
「ふふふ、ははは・・」
それからというもの、慎ちゃんとのデートの待ち合わせはこのバーでということが多くなった。
手が空いている時は高杉さんが私の知らない慎ちゃんの話をいろいろしてくれたり、お腹がすいたら桂さんがお料理を作ってくれたり。
慎ちゃんが仕事で遅くなって、ひとりでここで待っていても、退屈もしないし、淋しくもなかった。
◇◇◇◇◇
「慎太のやつ、まだ来ないのか?」
「うん。忙しいのかな。メールの返事もこないし・・・」
「珍しいこともあるもんだな。なにかしら連絡はしてくる奴なのにな。ま、いっか、ここ
にも晋ちゃんいるしさー」
「あ、また高杉さんそんなことを言う・・・」
カラン♪ベルの音とともに赤い扉が開く。
走ってきたのか、息を切らした慎ちゃんが入り口からカウンターまで直進してきた。
「高杉先輩!奥のボックスシート借りていいっスか?」
「慎太!来るなりなんだ?彼女をこんなに待たせておいて、ごめんの一言もないのか!」
「あ、高杉さんいいですよ。きっと仕事で疲れてるんだろうし・・・ごめんなさい。ちょっとあっちの席お借りしていいですか?」
表情のこわばった慎ちゃんに圧倒されたまま、バックと携帯を取り奥のボックスシートの席へ移動する。
「ねえ、慎ちゃん。どうしたの?なにかあったの?」
「・・・・・・」
「ねえ、慎ちゃん?」
「異動になった・・・」
「異動って?」
「転勤になった。しかも海外・・・ロンドン勤務」
「・・・・・」
海外勤務、それは慎ちゃんがとても憧れていたこと。いつかきっと海外駐在員になるんだと目をきらきらさせながらいつも話していた。
慎ちゃんの夢が叶った。しかもこんなに早くに。お祝いの言葉をいわないといけないのに。けど・・・
「おめでとう・・・・慎ちゃん、希望が叶ったね」そう言いながら、喉の奥が熱くなり声がつまった。同時にぽろぽろと涙が零れ落ちた。
おめでたいことなのに、なのに涙が零れ落ちた。
慎ちゃんが海外にいったら、慎ちゃんが海外にいったら・・・
慎ちゃんと会えなくなる・・・。
そう思うと涙が止まらなかった。
こわばった顔の慎ちゃんが、じっと私の目を見つめる。あまりにも真摯な慎ちゃんの眼差しから逃れることは出来ず、そのまま慎ちゃんの瞳をじっと見る。
涙で慎ちゃんの顔が歪む。
「ちょっと話をしてもいいっスか?俺、俺、今の仕事に誇りを持ってる。俺にはこれしかないと思ってる。目標もって、俺なりに頑張ってきたと思う。」
「うん・・・」
「目標のために頑張って、頑張って・・・。その結果が出たと思ってる。」
「うん・・・」
「だから、俺、ロンドンに行こうと思う」
「・・・・・」
「でも、でも、俺の大切なものは仕事だけじゃないんだ。いつも二人だから頑張ってこれたんだ。だから・・・」
慎ちゃんの顔がこわばったまま赤らんでいる。
「だから・・・・。だから・・・・。だから・・・・」
「慎ちゃん?」「だから・・・、だから俺と、俺と、一緒にロンドンに行ってください。」
慎ちゃんが、テーブルにガンっと手をついて頭を下げる。
「それって・・・・」
「俺と結婚してください!」
「慎ちゃん・・・!」
びっくりと嬉しさとがごちゃまぜになって、涙が溢れて止まらなかった。
うんと頷くだけで、いっぱいいっぱいだった。
「慎太!よく言った!男だ!」
「高杉先輩!いつからそこにいたんスかぁ!」
「そんなもん最初っからに決まってるだろうが。こんなおもしろいもんライブで見らずしてどうする!」
はははっと豪快に高杉さんが笑う。
「よかったな。」っと私の頭を大きな手でぐしゃぐしゃっとする。
「慎太、どうせお前、プロポーズするのに指輪もなにも用意しちゃないんだろ?」
「あ・・・」
「どうせそんなことだと思った。確か、誕生日は5月だったよな?」っと高杉さんが私に聞く。
「気が効かない慎太のかわりだ。エメラルドってわけにはいかんがな、ご祝儀だ!」
といって、高杉さんが出してくれたのは、緑色のきれいなカクテル。
「アンティフリーズ・・・エメラルド色の酒。ウォッカで強い酒なんだけど、メロンの味がする子供のようで大人のようなカクテル。お前らにぴったりだろ?」
二人顔を見合わせてくすっと笑う。
「小五郎!今日はもう店を閉めるぞ!こいつらの婚約パーティだーーー」
・・・・いつまでもお子ちゃまだと思ってた慎太が結婚かぁー。
この店で二人の恋を育ててやったようなもんだな。
教育代でも慎太からもらってやろう!
それにしても、こんなに嬉しくて、酒が美味い日はないな・・・
慎太!おめでとう。がんばれよ!