4th.ブルームーン


土曜の夜なんて大嫌い。
繁華街のあちこちでは、若い子たちが集まり大騒ぎしている。
カフェ風な店には、カップルが甘い恋を囁きあっている。
土曜の夜なんて大嫌い。
週末なんて無くなればいいのに。

最初からわかっていた。こうなることなんて・・・

平日、仕事が終ると一人暮らしの私の部屋へ彼がやってくる。
そして日付が変わる頃には帰っていく。決して彼が泊まっていくことはない。
そういう生活をどれくらい続けているんだろうか。
最初はそれでも楽しかった。
どんなに少しの時間でも彼と一緒にいられるのなら、それで満足だった。

いつぐらいからだろうか、週末が来るのが怖くなったのは。
ひとりぼっちでいるのが怖い。
いつまでもこんな生活を続けていてはいけないなんて思うものの、いつそれを終らせるというのだろう。
どうやって終らせればいいのだろう。
そんな葛藤をこのところずっと続けていた。

そんな思いを胸に抱きつつも、惰性のようにこれまでと何一つ変わらない生活を送っていた。
そんな私に、数時間前に事件が起こった。
市内のあるデパートで、私は暇つぶしにインテリア雑貨を見ていた。
すると見覚えのある横顔が横切った。
あ、彼だ。
声をかけようと思ったところに
「パパー」っと駆け寄ってくる幼い男の子。
「走っちゃだめよー」っと綺麗な女の人がその後ろからやってくる。
見てはいけないものを見てしまった。

そこから、どこをどう歩いたのかまるで記憶がない。
心臓はばくばくと、外にまでその鼓動が聞こえそうなくらい激しく動き、気分が悪くなりそうだった。

細い路地を歩いているところで、階下へとつながる階段が目に入った。
その先には、赤い大きな扉とBARの文字が見えた。
その赤い扉に惹かれるようにその中へ入って行った。
案内をされる前に、自らカウンターに座り、ビールを頼んだ。
目の前にビールが出されたとたん一気にグラスを空にしてしまった。

バーテンダーと思われる男の人がなにか話しかける。
八重歯がちらりとみえる人懐こい笑顔で話しかけられた。
私は、その笑顔になにも応えることが出来ずにだまって俯いていた。
八重歯の彼はなにか厨房の方へ告げるとそのままどこかへ行ってしまった。

どれくらいたっただろうか。
気がつくと、白いコックコートを着た人がカウンター越し、私の目の前にいた。
彼が私の目の前にきれいな紫色のカクテルをすっと出す。
「オーナーからです」
あ、さっきの八重歯の彼はオーナーだったんだ。

私の目の前にいるコックコートの彼は、カウンターの光と重なり目の前のカクテルと同じ紫色のベールで包まれているような気がした。
もちろん気のせいなんだけど、紫色の彼と紫色のカクテル。
なんだかとても綺麗で、数時間前の事件なんてすっかり忘れてしまいそうだった。
「なんで私にこのカクテルを?」
「オーナーの直感ですよ。あなたにこのカクテルをサービスするようにって」
「え?」
「ブルームーン・・・このカクテルの名前」
紫色の綺麗なカクテルにはそんな素敵な名前がついているらしい。

ビールを一気にあける私の様子を見て、オーナーの彼がこのカクテルを出すようにコックコートの彼に伝えて行ったらしい。
コックコートの彼は、穏やかな瞳をして、穏やかな口調でそんなことを話していく。
初めて入った店で始めてあった彼に、聞かれてもなにのに私は今日の事件のことを話していた。

コックコートの彼は、優しい口調と優しいトーンで
「そう」っとだけ短く相槌を打つ。
私はカクテルに酔っているのか、彼の声のトーンに酔っているのかわからなくなりながらも、話を続けていた。
「そう」としか言わない彼が、私が一通り話し終えたところで口を開く。

「このカクテルには意味があってね。完全なる愛、かなわぬ恋」
「あ・・・」
その言葉を聞いたとたん、頬を一筋の涙が伝った。

「それとね、もうひとつ別の意味もあるんだよ。−−出来ない相談。外国では交際をお断りするためにこのカクテルを注文することもあるんだよ。
 だから、それを飲み干して新しい恋を探すということも出来るカクテルなんだよ」
優しく説明をする彼は、青い月からやってきた月の精のように穏やかな表情で語りかける。

なんだか張り詰めたものが切れて、吹っ切れたような気がした。
月の精の彼と話を聞きながら私はブルームーンを飲み干した。

「また来てもいいですか?」
「もちろん、いつでもいらしてください」
月の精の彼が優しく微笑む。
いなくなったと思っていた八重歯のある彼も戻ってきていて
「今日は俺様のおごりだ!次は明るい顔に似合うカクテルを選んでやるから」
そういって私を送り出してくれた。

再び赤い扉の外に出た私は、もう土曜の夜なんて、週末なんて怖くないと思っていた。
新しい自分を取り戻したような気がした。





4th.ブルームーン
20110606
Cream Tea/AMY

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