「永四郎、わん決めた」

 誰もいない、二人きりの教室。机に突っ伏したまま裕次郎はボソッと呟いた。それは、今まで進路に迷っていた彼が初めて答えを出した瞬間だった。
 沖縄の様な大自然溢れる場所に長い間暮らしているとそれなりに美しさを多く見出せるが、都会で暮らしてみたいという願望もそれなりに強くなる。裕次郎も永四郎も中学3年生。もう「まだ子供だから」なんてことは言って居られなくなる歳になった。あと3年もすれば強制的に将来を決めなくてはならない時が来てしまうのだ。
 今までテニスに全てを注ぎ込んできたが、全国大会を終えた今、受験という大きな波が押し寄せてくる。周りのクラスメイト達は「島を出たら」という例え話を友人間で既に始めており、都会への夢や希望を胸に抱いて受験に励んでいるようだ。だが、裕次郎はまだ何も思い浮かべることが出来ずに居た。幼馴染の永四郎が居て、生意気な凛が居て、大喰らいな慧が居て、不思議な寛が居て、不知火が居て、新垣が居て。そんな毎日があまりにも当たり前すぎたのだ。
 だからといって進路を決めないという訳にもいかず、裕次郎にとってはまさに苦渋の決断だったに違いない。
「…で、どうするの?」
 一方、永四郎も進路を決められずに居た一人である。ただ、郷土愛は人一倍あったため島に残るということだけは決めていた。それでも気紛れな幼馴染はやはり心配で、少しでも余裕のある自分が彼の将来の手助けをしてやろうと昔から考えていた。そしてその裕次郎がやっと決断をしたのだ、永四郎は無意識に緊張していたのに気付いたがそれを無視して答えを待った。
 そして、少し間が空いて数分。やっと裕次郎は口を開いた。
「わん、島に残る。島に残って、海見ながら静かに暮らしたいさー」
 まだ幼い大きな瞳は、永四郎の瞳を真っ直ぐに捉えていた。机に突っ伏していた筈の彼はいつの間にか起き上がっており、無邪気な笑顔を見せる。
「永四郎、わんが一人で本土に行ったら心配じゃあらんみ?だから島で、やーぬ目が届く場所で暮らすんばあよ」
 全く、人の気も知らないで。そんな意味を込めて永四郎は溜め息をついた。
「確かに、ね。でも…島に残ってまで心配掛けるようならゴーヤー食わすよ」
「そ、それだけは勘弁」
 さっきまで満面の笑みだったその顔が、急に焦った表情になり永四郎は思わず可笑しくなる。笑われたことに機嫌を悪くしたのか、裕次郎は頬を膨らませた。
「えー!ちゃーして笑うんさー!」
「いえ…甲斐クンはまだまだ子供ですね」
「かしましい!」

 そうして二人は地元の無難な高校を受験し、無事合格した。永四郎にとっても裕次郎にとっても、互いは大切な幼馴染。小学校こそ違ったものの幼い頃から変わらずずっと一緒に居れるという事実は単純に嬉しかった。
 だが永四郎にとっての裕次郎は、別の、特別な意味でも大切な存在だった。いつからだったか、裕次郎が他の誰かと話すだけでもあまりいい気分にはなれない程の感情を抱いていた。一般的にこの感情を表すなら"恋慕"というのだろう。比嘉中でテニス部レギュラーとして活躍していた頃にはもう、永四郎は裕次郎のことが好きだったように思う。
 永四郎はもちろん戸惑った。今まで「幼馴染」でしかなかった筈の存在がいつの間にそこまで大切な存在になってしまったのか、それから男同士という一般的とは言い難い状況に悩んだりもした。自分が感じた感情は嘘だと自己暗示した日々もあった。
 それでも永四郎が裕次郎に恋慕を抱いてしまってるというのは変えようの無い事実だった。いくら否定しても揺るがない感情は認めざるを得ない。
「永四郎?ちゃーしたんばあ、早く行かねーと遅刻するさー!」
「余裕もって出たんだからするわけないでしょう。高校生になったというのにはしゃぎすぎですよ君は」
 だから、せめて大切な君に迷惑をかけないようにしよう。
 永四郎はそう決意して、募る想いをそっと胸にしまいながら今日も裕次郎と共に在る。本土よりも少しだけ暑い4月、「幼馴染」の二人は入学式へと向かった。



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