嘘も真になり得ると信じていた男の話


椎堂篤は不良だ。
不良といっても暴力沙汰や犯罪行為で警察のお世話になるというレベルのやばい不良ではなく授業をサボったり仲間とつるんで空き教室を占拠したりといったマイルドな不良だが模範的な学生である俺からすれば髪を明るく染めているだけで十二分に立派な不良なのでそこに大した違いはない。
そんな不良の椎堂篤が男前な面を心底嫌そうに歪ませて吐き捨てるように「好きだ」と言ってきたとき、俺はなんとなくむしゃくしゃしていた。
大方よくある残酷な罰ゲーム、それも適当に済ませるのではなくわざわざ全力で嫌がってみせているということは告白するだけでなく返答次第ではその『続き』があるタイプのものなのだろう。
妥当なのはオーケーされた場合しばらくの間本当に付き合って笑い話を提供するというところか。
普段なら「そういう罰ゲームは人としてどうかと思うよ」と少しきつめの苦言を呈するだけで終わっただろうが絶賛むしゃくしゃ中だった俺は椎堂の鼻を明かしてスッキリするのと今後ホモ野郎と言いふらされ罰ゲームにまんまとかかった馬鹿なやつだと笑い者にされる未来を天秤にかけた結果わかり切っている嘘をあえてスルーし「ありがとう」と笑顔で告白に応えることにした。
後悔はしなかった。
一年間一切会話しないで終わる程度の希薄なクラスメイトの関係では絶対お目にかかれなかったであろう椎堂の愕然とした表情には今後の学生生活全部投げ捨てるだけの価値があると思えた。
そうしてマジかよと肩を落とした椎堂によろしくと笑って罰ゲームにのっかった俺はその日その瞬間から椎堂をかわいい恋人扱いすることに全力を捧げはじめた。
もちろん椎堂への嫌がらせのためである。
イケメンでもなんでもない俺が椎堂のようないかつい男をかわいがるなんて冷静に考えると滑稽でしかないのだがお姫様か壊れ物かというくらい優しくべたべたに甘やかすことにより椎堂がめちゃくちゃ不機嫌なオーラを出すので俺はもうそれが楽しくて楽しくて仕方なかった。
最初は、本当にそれだけだった。
男も恋愛対象とはいえこれまでにいいなと思ったことがあるのは大人しいタイプばかりだったし、なにせ印象が悪すぎたから。
けれど話をするうちに少しずつ惹かれはじめ、椎堂のことを知るたび押しに弱いところや認められ慣れていないところをかわいいと思うようになって、ものの一月ほどで俺は自分が不毛な恋に落ちたのを理解した。
俺はつまらない人間だ。
俺と椎堂の間に愛が芽生える余地はない。
まさしく不毛だがそんなのは初めからわかっていることだったので幸か不幸か失恋を悟っても深い悲しみは感じずに済んだ。
椎堂は俺が罰ゲームだと理解した上で嫌がらせのためにあの告白を受けたのだと察しているはずだ。
俺も二人きりで他愛ない話をして手を繋いで愛の言葉を囁いて、映画に行ったりゲームをしたり勉強会を開いたり、普通の高校生カップルがやりそうなことは一通りやったがキスや性的な接触といった一線を越える行為は絶対にしないようにしていた。
この付き合いは完全に茶番だが茶番を通して親しくなれたのは間違いないのだから、俺が椎堂に本気で惚れてしまったことさえ隠し通せば恋人は無理でも普通の友人になるのは可能だろう。
罰ゲームが終わって互いによくも面倒なことに巻き込んでくれたなと愚痴を言い合って、そして特別にはなれなくても友人としてそばにいられるなら初めから上手くいく可能性がゼロの恋の結末としては悪くない。
そう自分に言い聞かせながら未練がましく恋人気取りの道化役を続けていたある日ついに終わりの時がやってきた。
といっても想像していたように椎堂にネタばらしをされたのではない。
俺と椎堂の放課後デートの現場を目撃した不良仲間の一人が「最近付き合い悪いと思ったらまだあの罰ゲーム続けてたのか?」と驚いた様子で椎堂に尋ねてきたのだ。
それだけならまだ誤魔化されるふりもできたが「あんま長いことやってるとその真面目くん本気にしちゃうんじゃねぇの」とまで続けられてしまっては、もはや終わりにする他に道はなかった。

「誰も本気になんてしないよ、あんなバレバレの嘘告。まあこんなきっかけでもなきゃ椎堂みたいなタイプと友達になんてなれなかっただろうし恋人ごっこは面白かったけど」

やれやれと呆れたように首を振り、先手を打つつもりで友達宣言をして隣にいる椎堂の出方を伺う。
いい加減飽きるわと小突かれるようなら良し、友達面すんな気色悪りぃんだよと突き放されたら、そこまで。
何度もシミュレーションした反応のパターンを思い浮かべながらどれがきても笑っていられるようにと待ち構える俺に、しかし椎堂は何も言ってこなかった。
数秒過ぎても反応を返さない椎堂を妙に思っているとニヤニヤしていたはずの椎堂の友人がぽかんとした顔で俺の隣を見ているのに気づき、つられるように目をやると、そこにはなぜか虚を突かれたように俺を凝視する椎堂の姿があった。

「え、なに、どうした椎堂」
「……恋人、ごっこ?友達って、どういう」
「どういうってそのままの意味だろ。なんだよ、友達になれたと思ってたのは俺だけか?」

戸惑ったふうに尋ねてくる椎堂に俺も戸惑いつつ茶化すように肩を竦める。
まさか俺が気づいていないと思っていた?
いや、そんなわけがない。
お互いはっきり口には出さなかったが初めのころ何度も態度で確認していたのだから、椎堂だってそのことはわかっていたはずだ。

「俺が罰ゲームに気付いてること知ってたよな?」
「それは……でも、お前、俺のこと好きだって言ったじゃねぇか。いろんなこと散々言って、同じ大学に行こうって」

絞り出すような声で椎堂が示したのは真面目に授業を受けていないせいでひどい成績だった椎堂を見かね勉強会をしようと提案したときの俺の言葉だった。
勉強なんかしてなんの意味があるのかという椎堂に未来の可能性を広げるためだよとわかったようなセリフを吐いて、大学で四年間も椎堂がいないのは寂しいから一緒に頑張って同じ大学に行こうと無謀とも思える目標を立てた。
渋々勉強を始めた椎堂だったが地頭は悪くなかったらしく、少し教えただけで中学校レベルの問題集を簡単にクリアして最近ではそれなりに授業についていけるまでになっている。
このぶんなら冗談でなく本当に同じ大学にだって行けるかもしれない。
できるだけ近くで、できるだけ長く一緒にいたいと望むのがはたして謙虚なのか強欲なのかはわからないがそれぐらいなら夢見てもいいんじゃないかと、そう思っていた。

「友達と同じ大学に行きたいと思うのは当然だろ」

椎堂の友人が半信半疑といった様子で「お前らマジでそんな仲良くなったの?」と椎堂に声をかける。
友達という言葉の裏に好きな人という意味を隠してへらへら笑う俺を、椎堂は呆然としたように見つめ続けていた。


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