久しぶり、

そう言って俺の肩を叩いた青年が、ニカッと笑って歯を見せた。

 この懐かしき級友の容姿は昔と少しも変わらない。
ただ、記憶の中の姿よりも大分と短くなったその髪は、相変わらずの荒れっぷりで。
かつての髪結い師がこの友を追いかけ回す光景を、まるで昨日のことのように思い出すことができた。




 久しぶりだね、ハチ。


本当に、あれからどれだけの月日が経ったのだろう。何百年?
なんてジーンっと腹の底から沸き上がる感情に、俺は何とも言えない喜びを噛み締める。



「俺のこと覚えてくれてたんだな。」
「まあね。それはハチもだろ?」
「はは、それもそうか!」

バシバシと、先程よりも強く背中を叩かれて、俺は制止を訴えた。
だけど、その顔はきっとだらしなく綻んでいるのだろうと思う。



「和泉にはもう会った?」
「えっ!?和泉もこの高校受験したのか?」
「うん。首席合格だよ。」
「…優秀だったもんな、あいつ。」

うんうん、とどこか一人納得したように頷いていたハチが、そこで思い出したように目を見開いた。



「そういや兵助もなんだよ!」
「え?」
「兵助も首席…ではなかったけど二位で合格だぜ。」

 まあ、兵助だもんな。

と、笑ってみせるハチに、俺は嬉しさ半分。
正直言うと焦りを隠せなかった。




 いつものように隣を見やっても、新入生代表の挨拶をする和泉は、今ここにはいない。

 ガヤガヤと賑わう新入生の群衆がひしめき合うだけだった。













「…えぇっと、プログラムで言うとこの辺りですね。ここで校長先生が、来賓の方々に向かってお辞儀をしますので、そしたら祭壇の下まで出てくるようにして下さい。」
『はい。』
「一度流れを確認してみますか?」
『お願いします。』


そんなやり取りは、軽く十分もしない内に終了。
「それじゃあ、本番も頑張って下さいね。」と人の良さそうな教頭先生の言葉を最後に、私は勘ちゃんのもとへ戻ろうと式典会場を出た。

 キョロキョロと辺りを見回して幼馴染みの姿を探すが、これが中々と見つからない。
まだクラス発表の紙が張り出された掲示板近くにいるのだろうか、と私は行きと同じように校舎に沿って歩く。




「君、新入生?」


おそらく先輩であろう。体操着姿の男子生徒にそう声をかけられた。


『…はい、そうです。』
「だよね。君みたいな子、一度見たら忘れるはずないもんな。」


そう言われても、とどうしていいかわからなかった私は、思わず苦笑い。


「新学期が始まったらさ、よかったらウチの部活のマネージャーにならない?」
『…えっと、』
「あ、もう入りたい部活決まってるとか?」
『…はい、まあ。』


嘘だ。今まで私は部活のことなんて頭になかったし、況してや入部を希望する部活なんてあるはずがない。ただのその場しのぎの返事だった。



「見学だけでもいいからさ、どうかな?」
『あ、でも今から入学式が…。』
「まだ少し時間あるよね?ちょっとだけでいいから。」


非常に困った。こんな場面に遭遇したことがない私は、ただただ狼狽えてみせるばかり。
 こういう時ははっきりと断った方がいいのだろうか、と眉尻を下げる。





「すいません。俺たちこれからクラス発表を見に行くんです。」


私の手を掴んだその人に、勘ちゃん、と声をかけようと開かれたその口を、私は直ぐに閉じることとなった。



「…そっか。ごめんね、引き留めて。」
『…いえ。』


そう言って気まずそうに走り去って行く名も知らぬ先輩の背中から目を反らし、私は横に立つ男子生徒へと目を向ける。




『…兵助?』
「うん。」


言いたいことはたくさんあるはずなのに、私の口はただひたすらにパクパクと開閉を繰り返すだけ。
代わりにと言ってはだが、私は自分の手を掴む、まだあどけなさの残る青年の手を、ギュッと強く握った。



長い睫毛が印象的なその目から、視線を反らすことが出来ない。







20111108






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テーマ「人外ファンタジー」
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