普段気強い人が不意に気弱になる瞬間、というのは案外流せるもので、やはり同じ人間なんだと再度確認する感じであった。


「トキヤ、大丈夫?」
「だぃ……じょう、ぶ…です…」


どの辺が大丈夫なんだよと聞きただしたいくらいだが、俺に心配をかけまいとする彼の姿は健気なもので、思わず溜め息をつく。そもそもなぜ彼、トキヤが風邪を引いたのかと言えば、無茶な仕事の重複が問題だった。どの日がフリーなのと聞けば、トキヤは諦めたような笑いを浮かべながらスケジュール帳を見せてきた。平日の昼間は学園にいるが故、HAYATOの仕事は早朝から深夜が多くなってしまうのは不可抗力だ。だけど、今回の仕事というかスケジュール数は異常であり、この波を越えたら休みがもらえるとトキヤは言っていて、懸命に頑張っているように見えた。最も、言い聞かせているようにも見えたけど。そして今日の夜、というかついさっき。トキヤの帰りはまだだろうかとうつろうつろしていると、寮のドアノブがガチャガチャと回る。トキヤなら鍵を持ってるし、誰だろう。そう思いながらドアを開けると、そこにはトキヤのマネージャーと、それからマネージャーに背負われているトキヤがいた。


「え、あ、」
「HAYA……いや、トキヤが、熱を出しました」
「はあ!?」


冷静に述べるトキヤのマネージャーに俺は思わず声を荒げた。トキヤは平均的な高校生男子よりも体重が軽いから、疲れるなんてそんなのはあり得ない。だけどマネージャーも疲れた顔をしてるのは、HAYATOと共に仕事をこなしてきたせいだろうか。なぜか焦っているマネージャーさんからトキヤを渡されると、トキヤの熱は予想以上に高いのか、ものすごく熱かった。


「薬は一応飲ませたので、もう寝かせてやってください」
「は、はい」
「それから明日は何がなんでも休みにしておくから、絶対安静ともお願いします」


それだけ言うとマネージャーさんは携帯電話を無造作に扱いながら、寮の廊下を小走りで走っていった。トキヤにあんなスケジュールを与えるほどだから、どれほどな人かと思えば、案外優しいらしい。これなら安心かな。なんて思う暇なく、俺はトキヤをベッドに寝かせていた。苦しそうに咳き込み、顔を紅潮させるトキヤ。とにかく熱を冷まさせないとと思い、濡れたタオルをトキヤの額に置く。握りしめた手は、普段ならあり得ないくらい暑くなっていた。こんなになるまで無茶するなんて、やっぱり少しは注意しておくんだった。そう思っても後の祭り。それに、トキヤはすべての仕事にからを入れている、どれか一つ二つくらい手を抜けとか、そんなに気張らないでいいとか、そんなことをいってもだめですと言われるだけだろう。――――そして冒頭に戻るといったところだ。
タオルを変えて、隣でじっとしておくことしか出来ない自分がひどく無能に思えた。歌でも歌おうかと思ったけれど、何卒夜遅いし、うるさくしたら余計にダメかと思ってやめた。


「………トキヤ」


風邪で苦しそうにする彼を見て、ふと思い出す。粘膜感染という言葉を。漫画とか小説とかでよくある話だ、恋人が風邪で苦しそうにしてて、もう一人がキスをして自分に移そうとする。もちろん俺とトキヤは恋人なんかじゃない、強いて言うなら俺の一方的すぎる片想いだろう。指でトキヤの形のいい唇をなぞりながら、なんとも言えない感情と抗戦していた。トキヤは、否HAYATOはもうドラマでキスなんてものは当の昔に済ませているんだろう。けれどトキヤは、トキヤとしてはどうなんだろうか。これでもし初めてだったらなんか可哀想だし、しかも寝てる間にとか俺がひどい人間に思える。小一時間考えた結果、ごめんねと呟き、ベッドに手をついてキスをした。どの程度で移るなんて知らないから、軽いもの。トキヤは風邪を引いたらたくさん迷惑がかかる人がいる、そして彼自身もそれを気に病んでしまうだろう。でも俺は一般学生だし、寝てれば治る自信だってある。だから神様、トキヤの風邪、何があっても治してやってください。そう思いながら、再びぎゅっとトキヤの手を握った。






「………ん、」


朧気な視界と脳に、今一体自分は何をしているんだろうと問う。確か仕事が終わって変える車の中で頭痛に襲われて、そこから意識が。ハッと時計を見ると、朝の九時過ぎだった。おはやっほーニュースはもう終わっているし、学校だって始まっている。何から手をつければいいのかわからず、おろおろしていると、膝の上の重みに気づいた。


「お…とや………?」


声がまだ少し掠れている。喉だって少し痛む。でも昨日の倒れた直前に比べれば何百倍も楽だった。音也を起こそうと体を揺すると、彼も覚醒しない状態から目を覚ますと、ばっと体を起こした。


「っやば!おれ寝てた!?」
「お、はようございます…?」


全く噛み合わない会話。とにかく昨日の出来事を聞こうと思うと、音也はキッチンへと向かっていった。そしてそこから叫んでいた。


「学校はまあ…休んでも平気!あと昨日トキヤ、風邪でぶっ倒れて帰ってきたよ」
「す、すみません……」
「それからマネージャーさんから、今日は何がなんでも休みにしておくから絶対安静だって」


音也の言葉を聞き入れたあと、氷室マネージャーへの申し訳ない気持ちで一杯になった。きっと今日の仕事をすべてキャンセルするのに、色んなところに頭を下げているのだろう。今度折り入って謝らなければと思い、そして音也にも言った。


「あなたも、私を看病してくれたんですか?」
「あんなの看病なんて言えないよ〜あ、でも一つはした」


言わないけど、キッチンから顔を出して笑う音也はそう言っていた。休みという久々の響きになんとも言えない心境になる、喉は痛いし、頭だってまだずきずきする。というか音也はなんでもないのに学校休むんですね。それでもまあいいか。風邪のせいか、細部まで考え込むのが面倒だった。とにかく今は音也の好意に感謝して、再び布団に潜り込んだ。




111128
たまにはこんなのも悪くない


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