「――はい、はい。わかってますから。私の心配なんて余計なお世話ですよ」


早乙女学園に入学して一月ほど経った。さすがは幾人もの大物アイドルを生んでいるだけあって、指導は申し分ないほどだった。このままいけば、すぐにでも兄のところにたどり着けそう、というのは浅はかな考えだろうか。
一日一回、最低でも二日に一回ハヤトから電話が来る。会話は一緒に暮らしていたときとそう大差ないもの、やっぱり兄の声が聞けるというのは安心できる。ホームシックになったりはしていないけれど、きっと本能的なものだろう。


「はい、わかりましたから。おやすみなさい」


そう言って携帯を閉じると、ふと視線を感じた。後ろを振り向けば、ルームメートの音也がじっと私を見つめていた。


「なんでしょう?」
「あ、いや、トキヤってお兄さんと仲良いんだなあって」


慌てるようにそう言う音也に、そうですか?と言う。この学園の全員かは知らないけれど、私とハヤトが双子の兄弟だというのは暗黙の了解だろうと思う。それに仲が良いとかそれ以前に、私はハヤトに何度も助けられてきた。歌に、笑顔に、彼の存在に。幼い頃の私は引っ込みがちで、会話というものを嫌っていた。愛想のよくない弟を庇うべく、ハヤトはあのような性格を偽り出したのだ。ハヤトというあの性格は、私を守るためのものといっても過言ではないだろう。本当の彼は私と同じくして、人見知りの激しく、物静かな人間のはずなのだ。
ハヤトには感謝してもしきれないほどに感謝している。私に世の中の常識を教えてくれたのも彼で、でも時々おかしいと思うこともあった。でも、私にとっては、ハヤトが私の世界なのだ。双子はキスしてもおかしくないよと言われたことも、手を出されたことも、彼が常識というならそうなんだろうと頷くことしか私にはできない。それにそれを確かめようとも思わない。


「あー……っとさ、いきなりだけど、トキヤって好きな子とかっている?」
「いませんが、それがどうかしましたか?」
「いやいや!ちょっと興味があっただけ!」


そう言って笑顔を浮かべる音也は、どことなくハヤトに似ている気がした。何を考えているんだと下らなく思い、課題をしようと机に向かった。




(……好きな人はいない、と)


音也は一人考え込んでいた。先ほどのトキヤの言葉は思い当たる人物がいて、動揺して答えたようには思えない。だとしたらあの人の言葉は、そう思った。
トキヤがレンと翔とレッスンに出ていったあの日、携帯が忘れられていた。届けようかと思ったけれど、山ほどあるレッスンルームから彼を探し出すのは気が遠くなる作業だと思い、ギターの手入れに戻っていた。しかしその数分後、けたましく携帯が鳴り響いていた。自分のではないことを確認すると、トキヤのが鳴っていることに気づく。勝手に出るのはさすがに非常識かと思い、無視するものの、切れては鳴るの繰り返し。さすがにうるさいと思い、ごめんねと心の中で謝って通話ボタンを押した。


『あっ、トキヤ?』
「……す、すみません、いまトキヤは出掛けてて」


電話の向こうから聞こえてきた声に、思わず息を飲んだ。あの人気アイドルハヤトの声だったのだ。確かにトキヤとハヤトは双子の兄弟だという噂は聞いていたものの、本人に聞くのも野暮だと思っていて聞かなかった。けれどこんな形で真実を知り、しかも会話をしているんだと思うと感動だった。


『あ、そう。それで君は?』
「俺はトキヤのルームメートの一十木音也です」
『ふーん………』


電話で聞くハヤトの声は、テレビで聞く声よりずっと低かった。やっぱりそうだよなあと思い、これ以上夢が壊れる前に用件を聞いて電話を切ろうとすると、ハヤトから会話を切り出してきた。


『トキヤさ、学校ではどんな感じかにゃ?』
「えと、静かで真面目です。いつも読書とかしてて」
『そっかそっかあー』


先ほどの声が嘘のように、ハヤトの声はテレビと同じものになった。これがアイドルかなどと思う。するとハヤトは長いため息をついた。


『君には言っておくけどね』
「はい?」
『トキヤは僕のものだから』
「………は?」


またさっきの声を出すハヤトの口から出た言葉は、そんなものだった。確かに家族だからまあ、わからないこともない。でも僕のものって、それはいったいどう意味なんだろう。


『君がトキヤの魅力に気づく前に言わせてもらうけど、僕らは双子なんて卑賎な関係じゃないんだよ』
『恋人同士、って言えばさすがにわかるよね?』


その言葉を聞いた瞬間に、びっくりして何も言えなかった。恋人同士で、しかも双子?それってナントカっていう犯罪なんじゃと思うものの、そうですかと震える声を出すことしかできない。


『まあいいや、そーゆーことだから』
「は、い………」


ブツッという音のあとに、電子音が鳴っていた。あのトキヤが、真面目で堅物なトキヤがまさかそんな。そうは思うものの、ハヤトの口ぶりは嘘をいっているようには思わなかった。確かに同性の俺からみても、トキヤは十分魅力的だ。歌もうまい、ルックスもいい、性格は至って真面目。好きか嫌いかと聞かれれば、好きだと答えられる。でもまさか、そんな秘密があったなんて。
あの出来事以来、毎晩掛かってくる電話の意味も何となくわかってしまった。はずなのに、さっきのトキヤの発言。一体どうなっているのだろう。どちらかが嘘をついているのだろうかと思うものの、二人の両方の声色は至って普通だった。無関係者というのに頭を抱える音也は、課題に取り組むトキヤの後ろ姿を見て溜め息をついた。



111113
かなしい話を聞かせてよ




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