最近那月と七海の仲がやけに良い。だからどうしたと言われれば、別になにもとしか答えられないのだけど、どうにも気掛かりなのだ。だけど自分でもその点に関してはよくわからない、ずっと親友だと思っていたやつに彼女ができて、それが寂しいとか?――そんなわけない。だって俺、ずっと那月のこと喧しいと思ってたし、うっとうしいと思ってたし…。そもそも那月は七海のことが好きなんだろうか。小さくて可愛いという、そういう概念で好きなのか、それとも学園の仕来たりに逆らって、本当の恋愛感情で好きなのか。最も、本当の恋愛すらまともにしてない俺にしてみれば、それら全ての感情は無縁のように思えた。っていうか俺はなんで親友の恋路にこれほど頭を悩ませているんだろう、ふと思う。まず那月が七海のことが好きでも俺には関係ないし、それに別に俺は那月のことそんな意味で好きなわけじゃないし…ホモじゃないし…なんて、そんな下らないことに頭を悩ませていた。


「那月は七海のことが好きなのか?」


そう言ってから、俺は何を言っているんだと我に返った。そんなことを聞くつもりは微塵もなかったのに、どうして。俺と那月しか存在しないその部屋には、甘ったるいお菓子の匂いが充満していた。いつもみたいに那月に引っ付かれて、仕方なく一緒にお菓子食べたりして、いつも通りの光景だった。しかし俺の言葉を聞くと、那月はミルクティーの入ったコップをテーブルに置き、じっと俺を見つめた。居たたまれないような、何ともいえない感情に支配され、下を向く。俺は那月にこんな質問をして、何を求めているんだろう。ちがう、好きじゃないと、そう言って欲しいのか。それともそんな真偽を気に掛けるくらいなら、逸そ本当のことを言ってくれた方が幸せだと思っているのだろうか。


「………僕は」


嫌だ、聞きたくない。そんなのを聞いたって仕方ない、俺にはメリットの一つもない。自分から聞いておきながら、俺はぎゅっと目を閉じ、本当なら耳を塞ぎたい気持ちだった。


「春ちゃんのことは好きです」


その瞬間、心に何かが突き刺さったような気がした。別に泣きはしない、けれどその代わりに乾いた笑いが起きる。バカみたいに俺は何を期待していたのだろう。コップに入ったココアに映り、ゆらゆらと揺らめく自分の情けない表情を見ていて、すごく自分が惨めに思えた。恋愛は禁止なんだから、その辺は弁えろよと、いつものように言ってやろう。そう意気込むものの、この言葉はなかなか口から出ることはなかった。


「でも、翔ちゃんのことはもっと好きです」


那月はいつも通りのおっとりした笑顔を浮かべて言った。そして俺は再び固まっていた。


「は、あ?」
「ですから、翔ちゃんのことが好きです」
「ちょ、ま、待てよ!」


お前は七海が好きなんだろ?!そう迫るように聞くと、那月はくすくすと笑いながら答えた。那月曰く、やはり七海のことは小さくて可愛いの概念で好きらしい。何より実家で飼ってる犬に似てるだとかなんとか…。だけど、那月のそんな答えを耳にした瞬間、全身から力が抜けた。そして今度は、安堵の笑みのようなものが溢れる。なんだ、那月の好きはやっぱりそうだったのか。つかなんで俺はこんなに安心してるんだろう、わけわかんねえ。でもよかった。さっきの自分の思考が本当にバカみたいに思えて、俺はそんな意味のわからない安心感を携え、冷めてしまったココアを飲もうとすると、那月が言った。


「翔ちゃん、嬉しそうです」
「そうかあ?」
「そういえば返事、まだ聞いてないです」
「は?返事?」


さっき告白したじゃないですか。そう笑う那月を見て、数分前の言葉を思い出す。『春ちゃんのことは好きです』『でも、翔ちゃんのことはもっと好きです』思い出してからその言葉の意味を知った。那月はつまり、七海じゃなくて俺を恋愛対象で見てたわけで。そう思うとじわじわと頬が熱くなっていった。


「な、なに、言って…」
「じゃあ愛してるっていったら、翔ちゃんは僕の気持ちをわかってくれますか?」


真摯な那月の瞳に射られ、う、と息詰まった。いつもの温厚な那月じゃなくて、まるで砂月のようなその表情に思わず表情をひきつらせた。違う、これは砂月じゃない――じゃなくて!今俺は那月に告白されてて、返事をしなきゃいけなくて…っていうかまず俺、那月のこと好き、なのか?


「なっ、ななな那月のくせに調子乗んなっ!」


俺はそう吐き捨てると、テーブルから離れて自分のベッドに潜り込んだ。そうだ、そもそも俺は那月のことが好きなのかすら危うい。フツーに親友として見れば、多少喧しいとしか思わないけれど、恋人になるかもしれないと言われれば、少し考えると思う。っていうかまず俺ホモじゃないし。でも、俺さっき結構真面目に那月が七海のこと好きだったらどうしようってすごい悩ませてたし、もしかして、もしかしたりするのだろうか。


「翔ちゃん、今はいいです。でも返事はくださいね?」
「だ、黙れって……っ」
「好きですよ、翔ちゃん」
「うっせえ!!!」


ぎゅう、っとシーツをきつく握り締めた。いつも聞き慣れているはずの那月の声を聞く度に、胸がばくばくと激しい音をたてる。今日のは一段と低く、甘い声な気がして頭がくらくらした。また発作だろうかと心配するものの、そんな苦しさはなくて、これが所謂吊り橋効果ってやつなんだと思った(原因は多分、さっき那月が砂月みたいな表情をしてたから)。それにしても心臓がうるさい。俺はそう思うと、一向に静まることのない心臓に手を当て、ぎゅっと目を閉じた。だけど真っ暗な視界の先の脳裏にさっきの那月の表情が焼き付いて、一層頬が熱くなった。―――やっぱり俺、那月のこと、好きなのかな。シーツの隙間から那月を見ると、優雅にミルクティーを飲んでいた。ああ神様、明日絶対この気持ちを伝えるから、このうるさい心臓を黙らせてください。そう静かに願うと、俺はそのまま眠ってしまった。




111106
ただただ単純な愛情だった


花崎さんお待たせしました
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