「おかえりトキヤー!」



笑顔で自分を迎えてくれる人がいる、それが如何に幸せなのかというのを、私はつい最近自覚した。あくまで私は自分を不幸だと思ったことはなかった。例えHAYATOとしてでなければ歌えなかったとしても、自分の歌に何かが足りないと言われても、それを真実として受け入れるしかないと思っていたから。だけど最近になって漸く私は自分の措かされている状況に、自分の不幸さに気づかされた。所詮HAYATOでなければ誰も歌を聴いてくれないんだと、そんなことに。無論ただのバラエティー芸人で定着なんてしたくなかった。だから何があっても、何をしても、私は歌を最優先に考えていた。だからマネージャーからの、あんな要求だって受け入れてしまった。自分がどんなに汚れても、歌だけは私のものであってほしかったから。



「………ただいま、音也」



そう言うと、制服をハンガーにかけてベッドに座る。疲労感がどっと押し寄せてくるけれど、どうにか寝まいとしていた。すると横から音也歌が聴こえてきた。即席の、いつもの自由な歌い方をしているもの。だけど彼は本当に楽しそうで、その歌だけでなく、表情にも見入ってしまう。羨ましく思った。私のように汚れずに、ただ自由に自分の歌が歌える音也を。真っ白な彼を見て、自分が如何に汚れてしまったのか気付いてしまって、気がつけば涙が流れていた。



「とっ、トキヤ!?どうしたの!?」



忽然と歌うのをやめた音也は、そう驚いた声を出すと私に掛け寄った。私はといえば、涙を拭おうとせずにただ淡々と泣いていた。今まで泣くのをずっと我慢していたのに、こんなところでみっともなく泣いてしまうなんて情けない。そうは思っても、止めどなく涙は流れ続けた。



「おとや………」
「どうしたの?」



音也が優しく私にそういった。手を握ってくれるその優しい手つきに一層涙が出る。私にはこんな風に優しくされる権利なんてないというのに、どうして彼はこんなにも優しいのだろう。



「………わたし、はっ」
「………」
「ただ……ずっと、歌いたかったんです……」



縋るように、音也に抱きついて私はそういった。なにが、等と理由を聞かれても言えないそのわけを心に留め、あくまで本当の自分の思いだけを打ち明けた。だっていえるわけがない、歌を歌わせてもらう代わりに、マネージャー性欲を満たすための行為を手伝わされているだなんて。条件を持ち掛けてきたのはマネージャーからだった。歌いたいなら、それ相応の態度で示せという、そんな言葉に。もし条件を飲むなら、歌わせてやるという、そんな言葉を私は鵜呑みにした。実際のところ、仕事に歌関係のことが増えてきているのは確かだけど、好きでもない相手とそういった行為に走るのは嫌だった。歌のために、そう思えば、どんなことでも我慢できた。だけど今は、そんな思いも全てが砕けてしまった気分だった。



「うた、を……ただ、うたいたくて………」
「…………うん」
「でも………それは、ちが、って………て」



あんなことをしなければ歌えない歌なんて要らない、そう割り振ることができればどれほど幸せだっただろう。だけど所詮私は、そんなことにさえ縋らなければ歌と生きていくことが許されなかった。



「………だから、わたしは」
「辛かったね」



言葉の途中、音也はそう遮ると私を強く抱き締めた。どうしたの、なにがあったの、いつもの彼ならしつこいほどにそう聞いてくるところだろう。だけど今日の彼は違う、ただ優しく私の弱音を聞き入れ、優しく悟ってくれていた。



「……俺は、よくわかんないけど、トキヤのこと、こうやって慰めることくらいならできるから」
「………っ、……」



なんて優しいのだろう、私しは改めてそう実感した。涙でぐしゃぐしゃになっているにも関わらず、子供のように音也に抱きついて私は泣いていた。そして音也も私に何言うこともなく、ただ抱き締めているだけだった。次の日、私も音也もいつも通りに戻っていた。昨日のことはなかったかのように振る舞い、いつもの日常が戻ってくる。だけど私は今日もマネージャーの相手をしなくてはならない、これは揺らぐことのない事実であり、いつまで続くかもわらないことだ。だけど私は歌のために、きっといつまでもこれを続けなくてはならない。ふうとため息をつくと、音也と目があった。無理に笑顔を作って笑って見せると、音也もそれに答えるように笑っていた。


「ねえトキヤ、最近無理してない?」
「……してませんよ」


昨日あんなことがあったにも関わらず、私は何事もないようにそう言った。音也の言葉にどんな意味が含まれているかなんて、そんなのどうだってよかった。だけど彼なりに心配してくれているのだろうと、そう思うと不思議と否定することも出来なかった。


「ありがとうございます、音也」


もう一度振り返って私はそういった。どんなに心配されても、歌のためなら私はあの行為をやめるつもりはなかった。何れ音也にも話さざる得なくなるかもしれない、私は弱いから、それすらも我慢できなくなってしまうかもしれない。だからその時まではせめて、あんな姿を二度と見せないようにありたかった。




111101
歪みを生む虚構の平和


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