昔から海が好きだった。広くて、夜は月明かりでキラキラ光って見えて綺麗で。それにここでなら、みんなにうるさいと文句を言われずに歌うことだってできるし、歌っていてすごく気持ちがいい。今日だってそうだ、街中で歌っていたものの、もっと声が出したくなって、暗くなってから海に来た。夜風と波の音が心地好くて、ずっとここにいてもいいと思える。即席で作ったような歌を自由に奏でていると、誰かの声がした。


「素敵な歌ですね」
「………誰?」
「ああ、すみません。私はその…トキヤと言います」


トキヤと名乗る青年は、いつからなのかは知らないけれど、岩場に座り、俺を見下すような形で声をかけてきた。暗くてよく見えないけれど、月明かりに照らされた肌は白く、髪の毛は藍色の掛かった黒髪。珍しいその髪色に、思わずドキドキする。


「俺は音也。……で、トキヤも歌が好きなの?」
「はい。でも、自分の歌以上にあなたの歌が好きです」


いつも聴いていました。そう笑う彼に、思わず恥ずかしくなって声を掛けてくれればよかったのにと呟いた。そこからトキヤと暫く話し込み、思いの外会話が弾んだこともあって小一時間海辺に座り込んでいた。


「じゃあ、私はそろそろ帰りますから」
「あ、待って!」
「……?」
「明日も、来てくれる?」


背を向けるトキヤにそう言うと、あなたが来るなら来ます。そんな言葉を残し、いつの間にかトキヤは居なくなっていた。夢だったんじゃなかろうか、そんな思いが胸を過るものの、ついさっき聴かさせてもらったトキヤの歌声は素晴らしく、繊細で、繊麗で、俺の歌なんか比べ物にならないほどだった。


それから数日、俺とトキヤは瞬く間に仲良くなっていた。俺が夜海辺に行くと、必ずトキヤは岩場に座っていて、俺の顔を見ると笑顔を見せてくれる。二人の会話といえば、極ありふれたものだったり、歌を歌ったり、そんな程度のものだった。けれどトキヤに会えば会うほど、歌を聴けば聴くほど、どんどん惹かれていった。これが恋なのかな、と自覚したのはつい最近だ。告白したらトキヤはどんな顔をするだろうか。予想もつかないそんな出来事にちょっとばっかり期待しながら、俺は海辺に赴いていた。


「やっほ、トキヤ」
「ああ、音也」


やはりトキヤは岩場にいて、にこりと俺に笑って見せる。トキヤはいつも岩場から降りてこようとしない、どうしてかと理由を聞いたけれど、あなたは気にしなくていいと流され、話をあやふやにされてしまった。触れてはならない一線だったのかもしれない、だけど、やっぱり俺から近づくしかないんだ。


「あのねトキヤ、俺、トキヤのことが好き」
「え」


普通の会話をしているとき、俺がそんなことを言うと、冗談は止してくださいとトキヤは笑っていた。冗談なんかじゃないよ、そう俺が真面目に言うと、トキヤは恥ずかしそうな表情をしたあと、困ったようにため息を吐き、言った。


「気持ちはすごく、嬉しいです。………だけど、私とあなたは結ばれない」
「な、なんでだよ!」


トキヤの儚げな口調に、俺がそう荒く言うと、トキヤは冷たい笑顔で岩場から姿を見せてきた。そんなトキヤの体を見て、とあることに気づいた。白い肌、綺麗な髪の毛、華奢な身体。それらは俺と同じくしたものだけど、トキヤに足は、なかった。その代わり、魚のような鰭があって、童話の中にしか存在しないと思っていた、そんな存在だと言うことに気づいた。


「………あ……え?」
「隠していて、すみません……私はその、人魚なんです」


トキヤは申し訳なさそうな顔をしてそういっていた。一方俺は即座に岩場を上がっていき、目を白黒させているトキヤに抱き着いた。


「あ、あの!!」
「すっげー!トキヤは人魚だったんだ!」
「あの……気持ち悪くないのですか?」
「なんで?」


しどろもどろと答えるトキヤにそう笑うと、一層困った顔をされた。何で隠してたのなんて、そんなことを問い詰める気はない。それをトキヤから教えてくれたのが嬉しかった。俺は人間、トキヤは人魚。もしかして、だからトキヤは俺の告白を断ったんだろうか。そんな自惚れのような思いを抱き、離してくださいと顔を赤くしているトキヤから離れる。


「ねえ、トキヤは俺が好き?それとも嫌い?」
「…………好き、ですけど」
「そっか、ならよかった」


じゃあ俺、毎日ずっとここに来るね。鼻歌混じりにそう言うと、トキヤは驚いたように俺の方を見ていた。


「私は人魚なんですよ!?あなたとは幸せには、なれないんです!」
「そんなの誰が決めたの?」


関係ないよ、そう笑って見せる。例えトキヤが海辺から動けなかったとしても、俺が毎日トキヤに会いに来れば問題ない。俺には両親がいなくて独り暮らしだから、どんなに帰りが遅くても心配されるようなことはない。それにここからそう遠くないところに家があるし、毎日来たとしても、そんなに疲れるようなことはない。だから気にしないでほしかった。別にトキヤが気にすることはなにもないんだ。


「好きな人に、毎日会いたいって思うだけだから!」
「お……音也…」


すると突然トキヤがぼろぼろと涙を流し始めた。藍色の双眸から涙を流し、泣いていた。どこか痛いのかと思い、慌ててどうしたのと背中を擦ると、トキヤは泣きながら、笑っていた。


「違うんです……その、あなたの言葉が嬉しくて……」


涙を堪え、笑うトキヤはすごく美しかった。月明かりに照らされたその姿は背徳的なものに思え、ドキドキせざる得なかった。その笑顔は今まで見てきたどんな笑顔より可愛くて、ぎゅっと抱き締めた。例えトキヤが人魚だったとしても、嫌う要素なんてどこにもない。泣き終えて、頬を紅潮させるトキヤに軽くキスをすると、歌ってほしいなと俺は笑った。




111028
あなたとわたし。


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