初めてトキヤの歌を聴いたとき、あまりの素晴らしさに言葉も出なかった。歌唱力も、表現力も、すべてに於いて俺なんて比べ物にならないくらい。そんなトキヤと同室になれて、俺は心底喜ばしかった。彼との私生活を共にすれば、歌に関するヒントを得られるかもしれない。そんな思いに胸を弾ませていたのは、今となればいい思い出だ。だけど生活を共にすればするほど、トキヤの才能を認めざる得なくなり、その過程の努力も知り、俺嫉妬をするばかりだった。その才能が俺にもあれば、なんて、無い物ねだりにもほどがある望みを願ったり。



「トキヤ、お風呂空いたよ」
「わかりました。今入ります」



ここに来た当時と比べ、どうにかトキヤと打ち解けることができた気がする。それこそ当時は頑なに会話を拒まれたり、うざがられたり…って、それは今もだけど、こうして会話のキャッチボールができるようになっただけ進歩のひとつだろう。濡れた髪をタオルで拭きながら、ベッドに座り込んでテレビをつける。映った番組には、丁度よくHAYATOが出演していた。HAYATO、トキヤは双子の兄だと言い張っている。みんなは彼をバカだとか、そんなふうに面白がってばかりいる。だけど俺はそうは思わない。いや、思えないんだ。前に聴いたHAYATOの歌は、正直な話でトキヤに似ていた。繊細な音色といい、その声量といい。だけどトキヤにこんなことを言った日には、本当に相手をしてもらえなくなりそうだから黙っておく。トキヤと何度も呼んで、人懐っこく絡んで、でもその裏で本当の俺はトキヤに嫉妬してばかり。なんか惨めかも、そう思いながら、テレビの中で笑っているHAYATOをぼーっと眺めていた。



「音………や!?」
「ん……あ、トキヤ。ほら、お兄さん出てるよ」
「は、はい………」



髪をしっとり濡らし、お風呂から上がったであろうトキヤが、テレビを見て血相を変える。たかがお兄さんが出てるくらいで、こんなに驚くもんなのかなあなんて思う。



「で、なに?」
「あの、シャンプーが切れそうだったので明日買いに行くのですが、何か拘ってるのはありますか?」
「特にない……かな。トキヤに任せるよ」
「わかりました」



そんな短い会話を交え、再び沈黙の空間になった。先程の会話の最中、トキヤがテレビを消してしまったためにHAYATOの声ももうしない。ちらりと横を見ると、トキヤもベッドの上に座って頭を拭いていた。まるで女の子みたいな仕草にちょっとだけドキドキして、なに考えてるんだよと自分に一喝入れる。けれど本当にそんなトキヤを見ていると、なんだかおかしな気分になる。まさか、トキヤに欲情してるのか?いくら健全な男子高校生でもそれはない。そんな言い切れない思いを抱えながら、ドスンとトキヤの横に座り込んだ。



「なんですか?」
「………べ、別に何も」



おかしな音也。そうくすくす笑うトキヤを見ると、顔がじわじわ熱くなって、なんだかくすぐったいような気持ちになる。異様なほど上がりつつある心拍数にしどろもどろしながら、やっぱり俺は、トキヤのことが好き、なんだろうか。そんなひとつの可能性を感じた。



「なあ、トキヤ」
「はい?」
「俺がトキヤのこと、好きって言ったら、どう思う?」
「…………え」



そんな質問のあと、しばらく沈黙が続いた。冗談だよと笑い飛ばそうとすると、トキヤは意外にも真剣そうな顔つきで考えていて、少しだけ顔を赤くしていた。そんな姿を見ていたら自分の中で何かが抑えきれなくなり、気がつくとトキヤにキスをしていた。


「ん、んん……っ!」


突然のことに、トキヤが目を白黒させている。胸板をどんどん叩かれ、口を離すと真っ先に怒られた。


「なっ、なななななに考えてるんですかっ!」
「ごめん……可愛いトキヤの姿見てたら歯止めが利かなくなって」
「知りませんっ」


本当にもうなどと、口々に文句を垂れているトキヤ。こんな姿さえも可愛いと思ってしまうなんて、恋は盲目、まさにその通りのようだった。恋心を自覚したとたん、こんなに可愛くて、愛しくて堪らないなんて。


「ね、ね、トキヤ」
「………なんですか」
「俺のこと、好き?」


密やかに離れていくトキヤとの距離をぐっと縮めながら、俺は笑ってそう質問した。俺だけ告白させておいて、返事を聞かないというのはあまりに不公平すぎると思った。最も、告白については本人も予想しない展開だったけど。


「き、嫌いではない……です……けど」


そのまま息詰まってしまうトキヤ。ああ、本当に可愛い。そんな気持ちが溢れ出し、ぎゅっとトキヤに抱き着くと、そのままベッドに押し倒した。


「お、音也!?」
「ちゃんと返事もらえなくてもする、よ?」
「で、でも………っ」
「もう、我慢できないから」


そうしてまたキスをすると、トキヤは恥ずかしそうに黙り込んでいた。こんな反応するってことは、やっぱりトキヤも俺のことが好きだったんじゃ、そんな思いが駆け巡った。俺に組み敷かれて恥ずかしそうにしているトキヤには、歌っているときの高慢な態度は非ず、普段は絶対にあり得ない可愛さだけしか感じられなかった。あの、綺麗な音色が出せるんだ。一体どんな声を出してくれるんだろうか、そんな期待で胸が一杯になる。こんな気持ち、前にも味わったような気がする。そう思うと、再びトキヤに優しくキスをした。




111028
きみ以外の誰かなんていない


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