ベッドで雑誌を捲っていると、後ろからぎゅ、と那月が俺の体を抱き締める。まるで存在を確かめるように、脆い存在を扱うような優しい手付きだった。



「しょう、ちゃん」
「ん………」



体を起こし、涙声で俺のことを抱き締める那月の頭を撫でる。何で泣いてるんだよと優しく尋ねれば、那月は手に入れる力を強くしててくる。そんなに力を強くしなくても逃げないというのに、どうしたもんか。



「翔ちゃん、今日、音也くんと楽しそうに話してましたね」
「………ああ、」
「その時もちゃんと、僕のこと、考えてましたか?」



苦しいほどの力で体を抑えられ、当たり前だろと答えると、よかったと那月は笑顔を綻ばせていた。いつになっても、那月のこの笑顔だけは変わらない、そう思うと嬉しくなった。始まりはいつだったのだろう。いつからこうなってしまったのだろう。そんな原因をいくら模索しても見つからなくて、俺はただこの生活に順応していくしかなかった。突然四ノ宮那月という存在は変わってしまった。それまでは温厚な性格の、少しばがり変わり者のルームメートでしかなかった。その日、那月が帰ってきたかと思えば、突然那月は泣き出し、どうしたらいいのかわからない俺はとにかく理由を聞こうと必死に問うと、不意に伸びてきた手によってベッドに押し倒され、圧倒的な身長差で意図も簡単に拘束された。もちろん悪ふざけは止せよと怒ったけれど、真摯な那月の目付きにはいつものおっとりした面影はなく、思わず黙り込んでしまった。そしてそのままに抱き締められ、翔ちゃんと幾度も名前を呼ばれた。こうして振り返るとやられている行為は、いつもされていることばかりなのだけど、あの時の那月は明らかにおかしかった。もしかしなくても俺、このまま那月にいろんなことされるのかなんて、そんな下世話なことを一瞬思い付くものの、那月の口から出る言葉は意外なものだった。




「僕、翔ちゃんが好きです」
「はあ?」
「違うんです、本当に、本当に大好きなんです。翔ちゃんが居ないと生きていけないくらい、」
「お、おい…なつ」
「翔ちゃんが誰かと話してるだけで、妬けちゃうくらい」
「那月!」




なんだよこれ、意味わかんねえ。俺はそう思うと、上に乗っかったままの那月を突き飛ばした。もちろん頭の中は混乱しているばかり。いきなりルームメートに告白されて、しかもなんだよ誰かと話してるだけで妬けるって。異常すぎじゃないのか?そんな俺の思いを他所に、那月はベッドの隅で涙ぐみながら話していた。



「ほ、ほんとに、好き、で」
「それは十分わかった!………でも、俺は…」



那月をそんな風には見れない。そんな言葉が喉元まで上がってくるものの、決して言葉となることはなかった。だけどその思いは本当、那月はただのルームメートで、確かに今までだって異常といえば異常なほどのスキンシップをされたような気がしないこともない。しかし、今となればその裏には下心があったのかと思うと、少しばかり罪悪感に苛められる。



「…………もしかしたら僕、いつか翔ちゃんのこと、どうかしちゃうかもしれません」
「それ、どーいう意味だよ」
「そのまま、ですよ…。僕のものじゃない翔ちゃんなんて、見たくないですから」



そう言うと、那月は俺の傍に踏み寄ってきた。肩を抱かれ、びくっと体を動かすと、今はなにもしませんと優しく悟られた。本当に意味がわからない。目の前にいる那月は、先程のように泣きそうな顔はしていない。けれどどこかいつもとは違う、不安定な表情というか、何かがおかしかった。とりあえず俺にわかるのは、那月に選択を強いられているということだけだった。那月を選んで生きるか、それとも那月に殺されるか。要約すればこういうことなんだろと、そんなざっくばらんな考えで俺はいた。もちろん生きていたい、ただでさえ短い寿命をもっと縮められるなんて御免だ。嘘でもいい、那月に俺が、好きだと言えばいいだけの話。だけどそれじゃ、だめだった。



『本当に大好きなんです。翔ちゃんが居ないと生きていけないくらい』『翔ちゃんが誰かと話してるだけで、妬けちゃうくらい』『僕のものじゃない翔ちゃんなんて、見たくないですから』



那月に言われた言葉が脳裏をぐるぐると駆け巡る。一体いつから那月がこんな思いを俺に寄せていたかは知らない、知ろうとも思わない。だけど、那月の横顔を見たとき、俺は気づいてしまった。もう戻れない、俺が言ってしまえば、後には戻れない。だけど俺は那月の頬に手を伸ばし、ぎゅっと抱き着くと、珍しく不安げな顔をしている那月に言った。



「俺は、お前を―――」






学園から帰ってきて、部屋に入ると那月が座っていた。俺を見ると、やんわりと微笑んでおかえりなさいと言う。ただいまと俺が言うと、那月はにこにこと笑顔を張り付けたままだった。



「今日の翔ちゃんは、約束を守ってくれたんですね」
「………当たり前だろ。大切な、恋人との約束だぞ」



そんな俺の言葉を聞き入れると、那月は再び満点の笑みを浮かべていた。約束、それは普通の学校生活を送るに対しては不便すぎるものだった。“僕以外の人と、口を利かないでください”という、そんなもの。わかったと答えた俺も異常なのか、だけど那月のためにはこうするしかなかった。こいつは俺がいなきゃ、生きていけない。そんな不安定な状態になっていた。大丈夫、那月と一緒にいるためなら、俺はどんなことだってできる。那月を、那月のままでいさせるためなら。ぐっと拳を握り、そう再び心の中で誓うと、俺は那月に笑顔を見せた。なんだかんだ言って、やっぱり俺もこんな生活を楽しんでるのかもしれないなんて、そんなことを自嘲気味に思った。




111027
シャングリラで融け合う


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