最近気づいたこと、トキヤは絶対に自分から甘えようとしない。というか、甘えるというよりは恋人らしいことを自分からしようとしないらしい。結果的俺からいつも甘えたり、抱きついたり、話し掛けたり、そんな感じになっていた。別に嫌なわけじゃないからそれはいいんだけど、いいんだけど。



「………音也、あの、その」
「んー?」
「ちょっとだけ寄りかかっても、いいかにゃあ…?」
「え」



下を向いて恥ずかしそうにそういうトキヤを見て、思わずそんな言葉しか出てこなかった。俺の知っている一ノ瀬トキヤは、誰かに甘えたりなんてのは絶対にない、まず関わることさえも嫌っているから。それに今の口調だってあり得ないし、こんなのまるで、HAYATOみたいだ。付き合い初めて幾分か経ったある日、トキヤから自分がHAYATOだと言うことを告発された。もちろん驚きはしたけれど、きっちり自分の口からその真実を告げてくれたことは嬉しかったし、あまり人には話したくないであろう理由まで話してくれた。だから俺もしっかりトキヤを、もちろんHAYATOも受け入れようと思った。けどまさか、こんな状況に陥るなんて思いもしなかった。むしろ夢にも思わない!



「え、えと、トキヤ?」
「ねえ、いいの?………それともやっぱり、だめ?」
「い、いいよ!!」
「……ありがとにゃ」



少し潤んだ瞳でそういうトキヤに慌ててそう返すと、トキヤがにこっと笑顔を浮かべて俺の背中に寄りかかっていた。顔は心なしか赤みを帯びているのは多分、錯覚じゃないと思う。後ろにトキヤの重みを感じながら、一人冷静になろうと考えていた。何卒こんなの初めてだし、どうやって反応すればいいのかわからない。ただ一つわかるのはトキヤがHAYATOみたいな素振りをしていたことというか、あんな笑顔をトキヤのときに見たことはなかった。となると、やっぱりHAYATO?ぐるぐるとそんなことを考え、困惑していると、再びトキヤが俺に声をかけた。



「音也」
「は、はい!?」
「すみませんがそこの本、取ってください」
「え……あ、うん」



俺の側においてあった本をトキヤに渡すと、ありがとうございますといつもの言い種で言われた。そして再び俺は困惑した。ちょっと本当に意味がわからない!さっきのトキヤはいつものトキヤその物だった。口調も素振りも全部、いつものクールなトキヤに戻っていた。もしかしてさっきのトキヤは夢だったのかな。普通に考えて、あのトキヤが俺に寄りかかるだとか、語尾ににゃあだとか、そんなの付けるはずがない。――けど、現在進行形でトキヤは俺に寄りかかってるし、夢じゃないし、そろそろ整理がつかなくなってきた…。



「さっきからなんです……人の顔をじろじろ見て」
「えっ……えと、」
「言いたいことがあるならさっさと言ってください」
「う………」



そう俺を見て言うトキヤはやっぱりいつものトキヤで、本当に聞いていいのかわからなくなった。だけどやっぱり聞きたい気持ちはあったし、しばらく視線を宙に漂わせた後にぎゅっと手を握りしめ、トキヤを見ていった。



「あのさ!……な、なんでさっき、HAYATOみたい……だったの?」
「っ………そ、それは……」



俺の質問を聞いて、トキヤはしばらく口ごもっていた。だけどため息をついて、あの時の、自分がHAYATOであると告白したときのような、ざっくばらんな顔つきで言った。



「…………HAYATO、なら」
「……うん」
「HAYATOでなら、あなたに……甘えられるかと…」



後になるに連れて小さくなっていくトキヤの声が聞きづらくて、つい顔を近づけると、トキヤは突然立ち上がり、何をするかと思えば手で持っていた本で俺の頭を殴った。



「それくらい自分で悟ってください!!」
「いってえええ!!!」



それだけ叫ぶとトキヤが部屋から飛び出していってしまった。止めようとはするものの、文庫本とはいえ角で殴られれば勿論破壊力など計り知れない。率直に言えば死ぬほど痛かった。でもトキヤ、さっき、HAYATOでなら甘えられるって言ってた気がする。激痛の走る頭を抑えながら、じっくりと考えていた。つまり甘えるのが恥ずかしいからトキヤはHAYATOみたいな行動をしてたわけで、甘えたかったって言うのは事実なわけで、トキヤがそんな一面を持っていたと言うのは知らなかった。どうやら暫くはトキヤのそんな一面に振り回されそうな予感がしてならなかった。けれど今はとりあえず、逃げ出したトキヤを探し出すことの方が大変に思えた。




111017
前途多難な恋模様


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