「はぁ……っ、…う……」


朝起きたときはそうでもなかった風邪の前兆、しかし授業を受け、時間が経つにつれてその症状は着々と悪化していった。不味いかもしれないと感じたときには遅く、教室でみっともなく倒れて保健室に連れていかれた次第だ。寮に帰され、安静にしてはいるものの、熱は一向に下がらず、咳が止まらない、視界もぐらぐらとしていて立つこともままならないという最悪の状態だった。



「全く……自己管理も出来ないなんて、アイドル失格ですよ」
「………ごめ、ん」
「謝るくらいなら初めから気を付けたらどうなんです」



枕元に座っているトキヤがそう呟いた。俺が倒れたと言うことを聞いたトキヤは慌てて寮に来たらしい。授業はと聞けば、病人を放っておくほど酷薄な人間ではありませんと言われた。結局のところ、やっぱりトキヤは優しい。本当に申し訳ない気持ちから謝ると、やっぱりトキヤはそれを冷たくあしらった。
風邪を引いた原因なんてわかってる。先日翔とサッカーをしていたとき、急な雨に降られたのだ。急いで帰りはしたものの、寮に戻るとなぜか気が抜けてしまい、グラウンドから全力で走ってきたこともあって思わず寝てしまった。そこから数日間は割と平然と過ごしていたけれど、たまにだるかったりもした。最も、まさかこんな形で風邪を引くことになるなんて思いもしなかったけれど。



「いいですか?安静にしててくださいね」
「うん………」



さっきからトキヤが携帯を確認している様子を見ると、バイト先に連絡をしているのだろうか。優しいトキヤのことだ、俺の看病をするからといってバイトを休みかねない。……って、これって単に俺が思い上がってるだけかな。ただでさえ迷惑をかけているんだと思い、咳き込みながらもトキヤに言った。



「トキヤ、おれ、べつに一人でもへいきだよ」
「ろくに動くことも出来ない病人は黙っててください」
「………ほんとにへいきだよ」
「……その気持ちだけは受け取っておきます」



今は大人しく寝ててくださいと、そう言うトキヤの横顔は、熱ではっきりしない視界でもわかるほど優しげに微笑んでいた。一緒の部屋で生活を初めてから、指で数えきれるほどしか笑った顔を見たことが無かったけれど、そのトキヤの微笑みは忘れられないほど脳裏に焼き付いて、布団を直すために出された手を握り、おやすみと小さく呟くと、俺はそのまま眠りについた。



「――――……ん、」



あれから何時間経ったのか、目が覚めたときには辺りが真っ暗になっていた。熱は下がったらしく、さっきのようなだるさもなくなっていて、トキヤのおかげだと感謝していた。徐々に意識が覚醒していくに連れ、今に至るまで、時々目を開く度にトキヤがどれだけ俺の世話を焼いていたのかを思い出す。タオルを何度も直してくれたり、汗を拭いてくれたり、着替えさせてくれたり…それこそ思い出すといくらでも出てきそうなほどトキヤは俺の看病をしていた。まだ俺たちは知り合ったばっかりだけど、そんな人間にここまでしてくれるのは、やっぱりトキヤ自身が優しいからなんだろうか。ふと気付くと、手を握りっぱなしなことに気づいた。握ったあのときは冷たくて気持ちよかった手が、すっかり暖かく熱を持っていた。恐らくずっと握りっぱなしだったんだろうと思うと、申し訳ないようなありがたいような、そんな複雑な心境になった。トキヤはといえば寝ているのか、肩にタオルケットをかけて健康そうな寝息を経てていた。そんなトキヤの姿を見て、自分をずっと看病してくれていたんだろうと、そう思うとすごく嬉しかった。――もし俺に母親がいたとしたら、こんな風に世話を焼いてくれたのかな、なんて、そんなことを思ったり。



「ありがとな、トキヤ」



すぐそばで寝ているトキヤにそう言った。そして、あえて手は繋いだままにしておいた。まだ多少は具合が悪いのか、風邪を引いて少しばかり心細いと言うのもあるけれど、トキヤの方からも手を握り返してくれているのだから、離してしまうのが勿体なかった。次、トキヤが目覚めて手を離されないようにぎゅっと強く握り返し、再び瞼を閉じて眠りについた。その直前に、あのトキヤの微笑みが脳裏に蘇り、握っている手から伝わる体温がすごく愛しかった。




111010
うまく言えないんだけど


名無しさんお待たせしました
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